データ社会の不可視な<私>とネットワーク ──包摂とケアの主体としての個と協働を再考する
第4回 都市の縫合線としてたゆたう地下経済──排除と包摂の交錯点
社会階層や制度を縫い合わせる大都市の地下経済
『社会学者がニューヨークの地下経済に潜入してみた』(望月衛訳/東洋経済新報社)もまた非公式経済の実態を描いたエスノグラフィーだが、シカゴのように制度から排除された人たちの代替経済としてだけでなく、大都市において社会制度の中核と地下が複雑に結びつき、あらゆる場所や社会階層をつなぐ不可視なネットワークとして存在することを明らかにしていく。
ハーレムやブルックリン、ミッドタウンやアッパーイーストサイドなどを往来しながら、さまざまな人物と関係を築いていくとともに、それぞれの意外なつながりを発見する。
ハーレムのドラッグディーラーが、扱う商品をクラックではなくコカインに変えて富裕層の顧客相手のビジネスを拡張するために、社会階層の裂け目に分け入ったり、ラテン系の売春婦がギャラリーのオープニングなどにも出席し、上流社会との接点を持つ。エリートと結婚した中流階級出身の女性が、売春組織を管理する有能なマダムとして活躍する。ラテン系の売春婦が階層をまたぐ社会的移動の現場に生きる。
ヴェンカテッシュは、社会学者ピエール・ブルデューがジャン・クロード・パスロンとの共著『再生産〔教育・社会・文化〕』(宮島喬訳/藤原書店)や単著『ディスタンクシオン〔社会的判断力批判〕』Ⅰ・Ⅱ(石井洋二郎訳/藤原書店)で述べているような、格差の再生産が制度化された文化資本ではなく、新しい“第3の文化資本”が階層の移動を可能にするのだと考える。それは必ずしも階層の上昇だけを意味するのではない。
ヴェンカテッシュは、かつてハーバード大で級友だった上流階級の知人女性が、ハーレムから成り上がったドラッグディーラーと知己を得ていることに仰天する。しかも彼女が、上流階級のエスコート・ガールの管理に携わっていることを知る。
ヴェンカテッシュはニューヨークでのフィールドワークを通じて、地下経済が社会制度そのものと共依存的な関係にあることを見出していく。都市の富裕層と貧困層とは社会制度に雌伏したネットワークで結びついており、ドラッグやセックスワークといった行為を介して、まったく異なる社会階層の人々を連携させている。
ヴェンカテッシュはニューヨークを“Floating City(たゆたう都市)”と呼び、都市の秩序が、固定された階層構造ではなく、流動的で非線形なネットワークによって支えられているという認識に基づいている。
エスノグラフィを重視するシカゴ大学社会学部とは異なり、量的調査や統計社会学を重んじる研究者の多いコロンビア大学で、他の社会学者を納得させる研究とすべくサンプル数 n を増加させるべく、グローバル都市の大量のデータを取得しようとするヴェンカテッシュ自身もしばしば研究者としてのアイデンティティ・クライシスに陥りつつ、多くの“Lost and Found”を繰り返しながら、自らも流動し“たゆたう”社会学者であることを自覚していく。
スディール・ヴェンカテッシュ (著)
望月 衛 (翻訳)
東洋経済新報社
ISBN:978-4492223772
ピエール・ブルデュー, ジャン・クロード・パスロン (著)
宮島 喬 (翻訳)
藤原書店
ISBN:978-4938661243
ピエール・ブルデュー (著)
石井 洋二郎 (翻訳)
藤原書店
ISBN:978-4865782875


