データ社会の不可視な<私>とネットワーク ――包摂とケアの主体としての個と協働を再考する
第2回 見捨てられた都市、再構築される社会──シカゴ・ゲットーの生態系と参与観察の実践

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テキスト 都築正明
IT批評編集部

制度的支援が機能不全に陥った都市周縁において、非合法経済と非国家的秩序がいかに自律的な社会編成を担うのか。スディール・ヴェンカテッシュは、シカゴ学派社会学の参与観察的伝統に基づき、ギャングの組織とブラック・コミュニティの動態をかれらと“ツルむ”ことを通じて描出する。

目次

ブラック・コミュニティの生態系

社会学者スディール・ヴェンカテッシュがエスノグラファーとして“ツルむ”ことになったギャングリーダーJTが仕切っていたのは、シカゴ市住宅公団(CHA)が1962年にシカゴのサウスサイドに建設されたロバート・テイラー・ホームズの一角だ。
住民の95%が黒人の生活保護受給者で、週末のわずか2日間で、300件のシューティングや28件の殺人が報告され、世界最悪の場所と呼ばれたこともあった。

就労する男性が同居していると入居要件を満たせないために、ほとんどの家庭に父親は不在だ。

公式には96%を占める無職の住人たちは、クラック売買や売春、車の修理などに従事したり、小さな商店を営んだりする。
これらのビジネスは課税申告しない非合法だが、所得の一部はギャングにみかじめ料として徴収される。
その代わりに、揉めごとが起きればギャングたちが解決することとなる。

また団地内にいるホームレスやドラッグ中毒者も、若いギャングによって24時間体制で監視され、逸脱行動があれば制裁を受けることとなる。

こう書くと暴力による恐怖支配のようだが──実際にそういった側面も大いにあるのだが──、公共サービスが行き届かず、また警察や病院が非協力的であることから、住民がかれらギャングに助けを請わなければならない場面は枚挙にいとまがない。

住民の3分の2を占める女性はというと、地区自治会会長のミズ・ベイリーがさまざまな面倒をみており、ギャング集団も一目置く存在であるとともに、ときに協力して問題解決に当たることとなる。

麻薬ビジネスを主とするギャングでありながらコミュニティ・リーダーを気取るJTだが、実際に地元の青少年センターにコンピュータやスポーツ用品を寄贈したり、各家庭の雑用を手下にさせたり、独自のコネで警察や病院を紹介したりという一面も持っている。
また近隣で揉め事が起こると、すぐに対策チームを形成して調停にあたる。

メンバーに対しては、ハイスクールを卒業することや自分たちでクラックに手を出すことは固く禁じている。
密告により警察に捕まることや、敵対するギャングに襲撃されること、また味方に寝首をかかれることを警戒して、中心メンバーは厳選している。
腹心となっているのは、腕っぷしの強いプライスと、コミュニティ・カレッジに通い会計学を専攻するTボーンの2名だけだ。

シカゴ大学社会学部のアカデミック・カルチャー

さきにヴェンカテッシュの指導教官ウィリアム・ジュリアス・ウィルソン教授について記したが、シカゴ大学社会学部は都市社会学を中心とする“シカゴ学派”の総本山として、当時隆盛だった社会進化論や道徳社会学に対し、都市が動的に遷移する人間生態学的な見地から、都市を社会的に意味が生成される空間として捉える見地から分析した。

そのため、都市設計や行政区分、階層地図といったトップダウンではなく、現地調査や参与観察、ケース・スタディといったボトムアップからアプローチすることが重視された。

また、既存の社会学では個人の道徳欠如や家族崩壊の現れとされていた犯罪や貧困についても、都市社会学からは、都市空間における適応戦略や文化的学習の結果として捉えられた。

このような学術的見地が生まれた背景には、シカゴが工業的に発展するなかで著しく多くの移民が流入した都市だったことがある。

20世紀アメリカにおける大恐慌、ニューディール政策、第二次世界大戦、ベトナム戦争、公民権運動、移民法改正などのすべてが、移民を受け入れる契機となった。

2020年時点では、270万人の人口中、約45%が白人・約30%が非ヒスパニック・約30%がアフリカ系アメリカ人・約25%がヒスパニック系・約5%がアジア人で構成されている。

シカゴ学派社会学の創始者とされているロバート・E. パークは、シカゴという急速に成長する都市を「社会的実験室」と捉え、都市空間における人間行動やコミュニティの変容を分析した。

邦訳されたものとして『実験室としての都市 パーク社会学論文選』(町村敬志・好井裕明編訳/御茶の水書房)がある。

またパークの薫陶を受けたハーバート・ブルーマーは『シンボリック相互作用論 パースペクティヴと方法』(後藤将之訳/勁草書房)において、社会は人々が相互に意味をやりとりする作用から社会が形成されることを論じている。

また逸脱に注目したハワード・S・ベッカーは『完訳アウトサイダーズ』(村上直之訳/現代人文社)などの著書において、社会が特定の行動を“逸脱”と定義してその行為者を“逸脱者”とラベルづけすることで、その人がネガティブなラベル(スティグマ)に沿った行動をするというラベリング理論を呈示している。

スディール・ヴェンカテッシュがギャングたちと“ツルむ”ことや非合法経済の調査には、ボトムアップからのエスノグラフィ・アプローチとしての参与観察と、社会行為を構築された秩序として捉えるシカゴ大学社会学部の参与観察を特徴とする学派的伝統やディシプリンがあったといえる。

実験室としての都市

ロバート・E. パーク (著)

町村 敬志 / 好井 裕明 (翻訳)

御茶の水書房

ISBN:978-4275006608

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シンボリック相互作用論: バースペクティヴと方法

ハーバート ブルーマー (著)

後藤 将之 (翻訳)

勁草書房

ISBN:978-4326600731

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完訳アウトサイダーズ

ハワード・S・ベッカー (著)

村上直之 (翻訳)

現代人文社

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