即興する心とAIの因果
第4回 啓蒙思想はなにを語ってきたのか
カントの批判3部作が取りこぼしたこと
先述の通り、ルソーの影響でケーニヒスベルク大学で形而上学の教授だったイマヌエル・カントは、因果律を否定し人間理性の限界を示したヒュームの懐疑論に触れて、57歳にして近代哲学の再構築に踏み出した。
難解とされた『純粋理性批判』(篠田英雄訳/岩波文庫)の序説として書かれた手引書『プロレゴメナ』(篠田英雄訳/岩波文庫)序文に記された「ヒュームの警告こそが、独断のまどろみから私の目を覚まさせ(中略)私の探求にまったく新しい方向を示してくれた」という言葉はよく知られている。
遅咲きだとはいえ近世哲学の祖とされるカントの業績を網羅することは筆者の手に余るので、ここでは二極分化した哲学の再統合についてだけ触れる。
イギリス経験論はすべてを否定する厭世論に、大陸合理論は――カント自身がそうであったように――理性偏重の独我論へと陥る危険性を孕んでいる。
カントは理性そのものをメタ視点から考察する超越論的観念論によって、理性の可能性と限界を確定することで2つの思潮を統合しようとした。
以下にカントが経験論と合理論から援用した要素を図示したのでご覧いただきたい。
カントによる認識の3段階
対象によって認識される総体
<時間・空間>
心に描いた像から対象を認識する
<カテゴリー>
複数の概念を結びつけて推論する
<理論・法則>
人間の外部にある客観的事実ではなく、認識を可能とする人間内部の主観的理性を批判的に吟味するカントの哲学は“認識論のコペルニクス的転回”とも称される。
また批判哲学は、以下の批判3部作としてまとめられた。『純粋理性批判』において理論理性の限界と可能性を確定する認識論を、続く『実践理性批判』(波多野精一他訳/岩波文庫)では理性の機能について考察する倫理学を、最後の『判断力批判』(篠田英雄訳/岩波文庫)では理論理性と実践理性の統合としての美学理論を論じている。
存在を認識するためのベースは経験であり、経験から存在を決定するプロセスでは、経験を仮定として物事を認識する理性によって新たな経験を認識する――これが超越論的認識論の大まかなスタンスだが、これがイギリス経験論と大陸合理論の両者を収斂するわけではない。
イギリス経験論からは、再び形而上学を持ち出すことへの異議があるだろうし、大陸合理論の側からは、存在の根拠がどこにあるのかを問われることになる。
前者については次回で考察するが、後者についてはマルクス・ガブリエルが『超越論的存在論:ドイツ観念論についての試論』(中島新他訳/人文書院)において1つの解を示している。“哲学界のロックスター”の異名にはそぐわない地味な論考だが、筆者がみるかぎりでは、彼の本来のステージは以前からここにあるのだと思う。
I. カント (著)
篠田 英雄 (翻訳)
岩波文庫
ISBN:978-4003362532
I. カント (著)
篠田 英雄 (翻訳)
岩波文庫
ISBN:978-4003362631
I. カント (著)
波多野 精一, 宮本 和吉, 篠田 英雄 (翻訳)
岩波文庫
ISBN:978-4003362563
I. カント (著)
篠田 英雄 (翻訳)
岩波文庫
ISBN:978-4003362570
マルクス・ガブリエル (著)
中島 新 , 中村 徳仁 (翻訳)
人文書院
ISBN:978-4409031285




