即興する心とAIの因果
第2回 細切れの知覚と意味づけのプロセス

心理学者ニック・チェイターは“The Mind is Flat”という主張をして、心の内奥を“大いなる錯覚”だと主張した。それでは人はなにを知覚し、どのように思考するのか。今回はチェイターの提唱する思考のサイクルとそのプロセスをみていこう。
目次
ニューロンは知覚をシングルタスクで処理する
ニック・チェイターの提唱する思考のサイクルは、以下の4つのプロセスによってなされる。最初のプロセスは、脳内のニューロンのかたまりが1度に1つずつの感覚情報を処理する。視線を急速に動かすサッカードとよばれる眼球運動がよく知られているが、脳内では視覚にかかわらず、さまざまに分割された知覚をシングルタスクで意味づけしている。一般的なコンピュータの性能は100GFLOPS程度だ。FLOPS(Floating-point Operations Per Second)は1秒間に浮動小数点演算を何回行うことができるかという性能値なので、簡単にいえば小数点を含む15桁の2つの数のかけ算を、私たちの手もとのパソコンは1秒間に1000億回の演算処理をしていることになる。スパコンといわれるトップレベルのコンピュータでは毎秒100京回(京は1兆の1万倍)の浮動小数点演算を行うことができる。それに比べて人間のニューロンのスピードはといえば、理論的には1秒間に最大で1000回可能だが、実際には1秒間に5回から50回ほどの発火である。東京科学大学(旧東京工業大学)総合研究院スーパーコンピューティング研究センターの大西領教授が2021年に同大学の学生を対象に実測してみたところでは、人間の――筆者にしてみれば理数エリートである学生ですら――処理速度は0.0030FLOPSだったという。しかしながら、この緩慢なニューロンが脳に千億個も配され、百兆箇所で結合していることで、人は創造的思考を組み上げていく。私たちの手にするスマホや目の前にあるパソコンにあるCPUのコア数はせいぜい数個であることを考えると、スピードではなくネットワークで考えていることをイメージしやすいだろう。機械学習に用いられるニューラルネットワークは脳を模したネットワークを用いて人の思考を再現しようとしているものの、今のところハードウェアとしてはデジタル式コンピュータに実装することしかできない。