ライター/編集者・稲田豊史氏に聞く
第2回 成長しないのび太と、テクノロジーがくれる救いのかたち

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

日本ではロボットが倫理観を担保する

ドラえもんをつくりたいというAI研究者はたくさんいますが、その研究者自身が、自分をのび太に投影しているんじゃないかという見立てもありえると思うんですが。

稲田 「自分が救われたい」という気持ちもあるんじゃないでしょうか。ただそれは、必ずしもスペックの高い僕(しもべ)をつくりたいわけじゃなくて、頼れる友達をつくりたい。

なるほど、おっしゃる通りです。

稲田 自分に忠実なスペックの高い僕をつくりたいというのは、どちらかというと西洋的な発想で、テクノロジーというものは長らくそういう考え方で発達してきましたよね。「人間」と「テクノロジーの具現化としてのロボット」には明確に上下関係、主従関係があり、そのロボットの中核をなすAIも、当然ながら人間に従属しているべきであると。にもかかわらず、昨今では、そのAIが世界経済を左右するとか、大きな意思決定に介入してくる。そこには当然ながら恐怖を覚えるでしょうし、生理的に受け入れられない。それって、アメリカの一定数の白人が、「歴史的に長らく奴隷だったはずの黒人に命令される」のを“生理的に”受け入れられなかった過去と似ていませんか。

そういう意味では、人と心を通わすドラえもん型のAIはヨーロッパの発想だと受け入れられにくいですよね。

稲田 雑に言ってしまえば、日本においてロボットはバディだけど西洋では下僕なので、下僕が意思を持つなんてあり得ない。だからこそAIのあり方に非常に厳しい倫理を持ち込む。人間様に心理介入してくるとは何事だという話になる。

ヨーロッパの近代では自由意思の価値が高いので、その自由意思に影響を与えるものがあってはならないんですよね。ナチズムとスターリニズムの反省も遠くに響きながら、ロボットなんぞに自由意志を冒されてたまるかと思うような。

稲田 日本の場合は、倫理観をどちらかというとロボットの側に置くじゃないですか。『鉄腕アトム』も、アトムこそ良心の持ち主であって、人間のほうが大事なことを間違える。ロボットのアトムのほうがよっぽど温かい心を持っている、という話でしょう。

『ドラえもん』に関しても、時期によって作風がやや違いますが、基本的にはダメ人間であるのび太をどうやってダメじゃない状態にするかという話。のび太に説教して正すのはロボットのドラえもんであって、逆じゃない。機械のほうに倫理を担保させている。そんなの漫画やアニメの話だろうと言うかもしれませんが、日本人は『鉄腕アトム』が1950年代に登場して以降、アトムおよびアトムから派生したロボット観を70年以上にわたって植えつけられてきました。いざロボットを設計するとなったとき、そのロボット観に設計思想が影響を受けないはずはないですよ。

それは日欧で言うと、自然観の違いとも似ている気がします。自然を乗り越えること、改変するものだと思っているヨーロッパと、自然から教えられたり、自然に神を感じたりする日本との差です。

稲田 キリスト教がベースにあるヨーロッパでは、人間は至高の存在だから、必ず意味があって生まれてきているという考え方をしますよね。要は、実存は本質に先立たない。魂とは意味のあるものであって、偶然性の産物ではない。だからロボットも、その用途が先にあり、そのために人間様がつくり出した。だけど、日本では必ずしもそうではない。既に存在しているものに対して後から意味を付与したりする。それってサルトルの実存主義そのもので、実存は本質に先立つ。役に立つかどうかわからないがロボットがいて、それを友達として意味づけして、人間的に扱う。

実はピクサーやディズニーのCGアニメを注意深く見ると、出てくるロボットや非生物は、最初から人間と心が通っているわけじゃない。物語を通じて後から通わせることになるけど、まずは人間とは違う存在として描く。あと『トイ・ストーリー』1なんかは象徴的で、あそこに出てくるおもちゃたちって、おもちゃ同士では話すけど、1度たりとも人間と直接対話はしていないんですよ。人間の前では絶対に動いてもしゃべってもいけない。持ち主と強い絆で結ばれている割には言語コミュニケーションが1回も描かれていない。生物と非生物の間に明確な線が引かれている。あの一線は、絶対に超えてはならないんですよ。西洋においては、作り物と人間様が対等にやり合うなんてあり得ないからです。

なるほど。面白いですね。

稲田 日本人がもし『トイ・ストーリー』のような話を作ったら、おもちゃたちはせめて子供とだけは喋れるようにするはずです。ちなみにピクサーの『モンスターズ・インク』2に出てくるモンスターたちは小さな子供と会話しますが、あれはモンスターと言えど「生き物」だからです。魂がある。機械じゃない。でもおもちゃは絶対にダメ。生命ではないから。

神と人間以外に生命や魂があるのは困るんですね。

稲田 超えてはならない最後の一線は守る、ということだと思います。

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