破壊せよ、とだれも言わなかった
再・再魔術化する人工知能
近年、AIに批判的もしくは抑制的な人々が“ネオ・ラッダイト”と称される。しばしばラッダイト運動は、産業革命後のオートメーション化により職を奪わることを危惧したイギリスの労働者が、自分たちの職を守るために機械を壊してまわった活動だと理解される。先に触れた“ネオ・ラッダイト”という言葉も、時代遅れの人たちの短絡的で反知性的なふるまいという蔑称として使われる。しかし実際のラッダイトは、社会運動としての意味あいが強い。最初に自動織機を破壊しラッダイトの語源となったネッド・ラッドも、おそらく虚構の人物だったらしい。資本家による効率化や利益追求による労働者の失職や地位低下、労働災害や労働環境の悪化などにたいする労働者の異議申し立てであり、労働者の利益を主張する労働組合がないことから生まれた構造的な不備がその背景にあった。この運動にたいしイギリス議会は機械破壊法を制定し、機械を損壊した者を死刑に処すことを決めた。また密告を奨励し、複数の指導者が見せしめとして絞首刑にされた。
では、AIへの懐疑心を表明し“ネオ・ラッダイト”と称される人々についてはどうだろう。レイ・カーツワイルが2005年に『ポスト・ヒューマン誕生』(井上健監訳、小野木明恵・野中香方子・福田 実共訳/NHK出版)でシンギュラリティ仮説を発表し、2015年にオックスフォード大学がAIにより代替される仕事リストを発表して以来、たしかに労働者を脅かす言説は後を絶たない。その文脈に則れば、AIテクノロジーの流れに竿を差す言説は、きわめて反動的に捉えられるかもしれない。
2023年10月に、アメリカ屈指のVCであるAndreessen Horowitz(略称:a16z)のブログに投稿された“Techno Opetimist Manifesto(テクノ楽観主義社宣言)”は、急進的な技術進歩主義の姿勢を示す宣言である。a16zはFacebook、Slack、Airbnb、GitHubなどのスタートアップ投資実績を持ち、仮想通貨やライフサイエンスにも出資する管理資産100億ドル以上を誇るアメリカ屈指のVCであり、共同設立者のマーク・アンドリーセンはMosaicやNetscape Navigatorなどのウェブブラウザの開発者であり、FacebookやHPの役員を務めた人物である。
この宣言は、テクノロジーへの脅威を“嘘”と名指すところからはじまる。テクノロジーを批判する人々は、火を盗んだプロメテウスの神話から、フランケンシュタイン、オッペンハイマー、ターミネーターの名を借りて、人々を恐怖に陥れているのだという。それに対置される“真実”とは、もちろんテクノロジーのこととされる。また自由市場を礼賛し、人工知能を現代の錬金術として持ち上げ、AI抑制論はAIにより救えた命を奪う殺人とまでいう。また未来派宣言を言い換えて「美は闘争の中にのみ存在する。攻撃的な性格を持たない傑作は存在しない。テクノロジーとは、未知を暴力的に攻撃し、人間の前に屈服させるものでなければならない」とまでいう。経済学者や哲学者、芸術家の名を引用して、テクノロジーを利用して人のステージを引き上げることを称揚するあたりは、トランス・ヒューマニストの面目躍如といったところだ。
