破壊せよ、とだれも言わなかった

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著者 都築 正明
IT批評編集部

ラッダイトになってもいいですか?

ここでは、この宣言の文句を論うことはせず、反テクノロジー論者のレトリックとして用いられるフランケンシュタインに注目したい。フランケンシュタインというと、縫い目だらけの顔をした大男を思い浮かべがちだが、原著ではこの怪物に名前はなく、フランケンシュタインはこの人造人間をつくった科学者の名前である。ツギハギは、フランケンシュタインが墓から盗んだ死体を縫い合わせて身体を形成した故である。科学者フランケンシュタインは、その容貌と人をつくり出した後悔に恐れを抱き、怪物を置き去りにして逃亡し、怪物は自身の醜さゆえに忌み嫌われて迫害され、孤独を深めていく。生命をつくり出そうとする欲望と、自らがつくり出した被造物に迫害されるのではないかというジレンマは、のちにアイザック・アシモフにより「フランケンシュタイン・コンプレックス」と名付けられた。同書は日本でも『フランケンシュタイン』(小林章夫訳/光文社古典新訳文庫)として刊行されているが、メアリー・シェリーによる原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス(Frankenstein: or The Modern Prometheus)』である 。

メアリー・シェリーは、富の平等な分配を主張した政治学者ウィリアム・ゴドウィンというアナキストを父に、男女同権を訴えたフェミニストの先駆者メアリ・ウルストンクラフトを母に持つ女性である。また夫はパーシー・ビッシュ・シェリーという詩人であり、神々に独占された火を人々にもたらしてゼウスの怒りを買ったプロメテウスが、自らの正当性を疑わずして魂を解放される『縛を解かれたプロメテウス』(石川重俊訳/岩波文庫)の詩劇をものしている。

フランケンシュタインの着想は、19歳のときにロマン派詩人でもあるバイロン卿のディオダティ荘で1816年で得られたものとされている。バイロン卿にはエイダ・ラブレスという娘がおり、彼女は解析機関のためのプログラムのコードを書いた、世界最初のプログラマーとして知られている。また彼女は解析機関を計算だけでなく芸術に使用するアイデアも残しており、これは約100年後にアラン・チューリングの論文『計算する機械と知性』に「ラブレス夫人の反論」として引用され、最初期の人工知能の構想として知られることとなった。ラッダイト運動の弾圧にあたり、バイロン卿は上院議会においてこれに抗議する演説を行い、労働者を擁護した。またメアリー・シェリーも労働者にシンパシーを寄せる文章を公開している。

附言すると、オッペンハイマーは原爆投下後には核軍縮論者に転じて原子力委員会のアドバイザーとして旺盛なロビー活動を行った人物でもあり、ターミネーターは自我を持った未来のAIスカイネットが自己保存のために現代に遣わせたサイボーグである。

小説家トマス・ピンチョンは1984年にNY Timesに“ラッダイトになってもいいですか?(Is It O.K. To Be A Luddite?)”を寄稿した。このエッセイのなかでピンチョンは、『フランケンシュタイン』が「真剣さに欠ける逃避的な作品」と位置づけられたと語るメアリー・シェリーの言葉を紹介したのちに、現代のラッダイト精神について考える。市民がワークステーションを破壊するイメージが浮かばなかったピンチョンは、ラッダイトを機械への憎悪でなく合理主義への懐疑として捉え、ラッダイトとは社会矛盾を見極め、そこにカウンターをしかける者のことではないのかと問いかける。コンピュータ登場以降のラッダイトの対象を具体物でなく巨大資本に向かうものとして再定義したのちに、人工知能や分子生物学、ロボット工学の研究開発の収束点に訪れる不可視な事態においてはラッダイト的な想像力が実をむすぶだろうと予見するピンチョンは、バイロン卿の即興詩を引用してこのエッセイを締めくくる。「戦いに死すか、自由に生きるか――ラッドをのぞくすべての王をやっつけろ!(So we, boys, we will die fighting, or live free, And down with all kings but King Ludd!)」。ピンチョンの主著『重力の虹』(佐藤良明訳/新潮社)は、ロケットに偏執し狂奔する人々のストーリーだ。ロケットをまだ見ぬ汎用AIに置き換えて読んでみると、未知のテクノロジーを夢想して右往左往する、きわめて今日的な悲喜劇がみえてはこないだろうか。

ちなみに、ビジネスパーソンは破壊という言葉を非常によく好む。ヨーゼフ・シュンペーターが『資本主義・社会主義・民主主義』(中山伊知郎・東畑精訳/東洋経済新報社)に記した“創造的破壊”という言葉を掲げてイノベーターを自認する起業家は枚挙にいとまがない。一般均衡理論を批判して経済構造の漸進的流動性を説いたこの理論は、同時に新規産業を支える資本家と公共的なセーフティネットの構築を不可欠としている。膨大な資金でシリコンバレーを支配するテクノ・リバタリアンたちはおそらくその列に並ぶことをよしとしないだろう。なにせシュンペーターは資本主義の発展は巨大企業を生み、資本主義社会の基礎を破壊するとして、最終的に社会主義に移行することを主張してマルクス主義を擁護さえするのだから。なにを創造し、なにを破壊するのか――破壊とラッダイトについて考えると、そうした疑問も浮かび上がってくる。〈了〉

フランケンシュタイン
シェリー 著 小林章夫 訳
光文社古典新訳文庫
ISBN:978-4-334-75216-3


重力の虹
トマス・ピンチョン/著 、佐藤良明/訳
新潮社
ISBN978-4-10-537212-5


新装版 資本主義・社会主義・民主主義
シュムペーター著 中山伊知郎, 東畑精一 訳
東洋経済新報社
ISBN978-4492370797


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