アーティスト 草野絵美氏に聞く
第5回 思考を深めるAIとともにつなぐ表現

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聞き手 都築正明
IT批評編集部

AIにより思考を深め、創作を拡張する草野氏。自身も2児の母親として子ども世代の自由な表現を支援し希望を抱いている。現在の彼女に大きくインスピレーションを与えるのは、日本の小説家たちの作品であり、自身でもアートとAIについて書籍化したいと構想するだけでなく、いずれはSF小説を執筆したいという意欲を語る。ニューヨークで開催される個展では新作として「攻殻機動隊」とのコラボレーションによるインスタレーションを準備しており、次元を超えた新たな表現に挑もうとしている。

草野 絵美(くさの えみ)

1990年、東京都生まれ。AIなどの新技術を取り入れ、ノスタルジア、ポップカルチャー、集合的記憶を主題に作品を制作。作品は、M+(香港)、サーチ・ギャラリー(ロンドン)、グラン・パレ・イマーシフ(パリ)、フランシスコ・カロリヌム美術館(リンツ)、金沢21世紀美術館など、世界20カ国以上の美術館やギャラリーで展示されているほか、Frieze、Untitled Art Miami、Kiafといった国際的なアートフェアにも参加している。2023年にはクリスティーズとグッチのコラボレーションオークションに参加し、2024年にはクリスティーズとUNHCRによるチャリティーオークションにも出品。2025年、世界経済フォーラムにより「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出された。高校時代から原宿でストリートファッションの写真を撮影し、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(ロンドン)などで作品を発表。写真やファッションの経験を通じて、マスメディアが個人や社会のアイデンティティに与える影響を探求している。また、1980年代のJ-POPを現代的なSFの視点で再解釈する音楽ユニット「Satellite Young」の主宰兼リードシンガーとしても活動し、SXSWなどの国際的なイベントに出演。AIやデジタル技術を創作プロセスに取り入れ、これらを協働するパートナーとして位置づけ、過去と現在の対話を通じて現代社会を再考する作品を制作している。

目次

世界経済フォーラム ヤング・グローバル・リーダーとして語ること

都築 正明(以下、――)世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズとして登壇されたケイディーン・ジェイムスさんと対談された動画を拝見しました。SFCに在学されていたときに、コーディングが苦手だったけれど、いまはAIに任せられることで楽になったそうですね。

草野 絵美氏(以下、草野)そうですね。ただ当時コーディングを学んだことは現在も役立っています。細かいことは思い出せないですが、プロンプトを書くときにはプログラミングで学んだ思考法で文章を書けばよいですから。

アルゴリズムの論理ということですよね。

草野 そうですね。IF-THEN構文のようなところです。プログラミングは1文字間違えると動かないところが私には厳しかったのですが、AIはコンパイラとは違って言葉で教えてくれるからよいですね。そこによって挫けなくなった人もたくさんいらっしゃると思います。YouTubeなどにチュートリアルがアップされているので、Photoshopなどのツールを使えるようになった人たちは多いと思うのですが、その動画にたどり着いて、自分のわからないところをピンポイントで探して……という途中で挫けることもが多いのですが、それをAIが個別に言葉で教えてくれるのは、素晴らしいことだと思います。

コーディングを習うというのは本末転倒でもあります。何をしたいのかという目的がまずあって、それを実行するためにコーディングをするのに、コーディングそのものが目的になってしまうと、そもそも何をしたいのかがわからなくなってしまいます。

草野 それはとても大事なことで、自分の子どもにも言い聞かせたいところです。コーディングだけでなく、あらゆることにおいてそうですよね。たとえば英語を勉強するにしても、英語は流暢だけれど伝えたいことがない人もいますが、まず伝えたいことがあれば、英語は拙くても追いついてきたりしますから。

ご著書『親子で知的好奇心を伸ばす ネオ子育て』(CEメディアハウス)もとても興味深く拝読しました。また山岡潤一先生との共著『ミライの科学にふれてみよう おうちじっけん号』(CEメディアハウス)楽しく読ませていただきました。お子さまのZombie Zoo Keeperさんも小学生のころからアート作品を発表されていて、年齢や属性によらず作品が評価されるNFTアートの自由さを感じます。

草野 小学生がNFTに参加すること自体はハードルが高いので、私のようにNFTに興味がある親がいたからできた面はありますけれど。

プロデュースは大人であっても、表現そのものはお子さまの自由な発想ですよね。

草野 デジタルアートの所有性など、NFTのコンセプトについても腹落ちするのが早かったですし。彼の欲しいものは、AatroxやFortniteのスキンなどですから。アルファ世代にクリスマスに欲しいものランキングを聞いたらランキングトップが、レゴ®を除いてすべてデジタルアセットだったと聞いたことがありますが、うちもそうです。

レゴ®の人気は根強いですね。少し安心します。

草野 レゴ®も、子どもはMinecraftのフィジカル版だといっています。逆なんだよとツッコミを入れたくなりましたがMinecraftには下の子どももハマっています。

彼らにとっては、テトリスに代表される“落ちゲー”もMinecraftがフラットになったようにみえるのでしょうね。

草野 そうだと思います。彼らが経済の貢献者としての主役になる時代が到来したら、NFTも自然に日常化されるのだと思います。

国際経済フォーラムヤング・グローバル・リーダーズ“The Art of Immersion”セッション(草野氏の登壇16:10から)

AIと対話することで自分自身を知る

後続世代を含む読者の方々にお伝えしたいことはありますか。

草野 AIツールを触ってみることを、全世代の方々にお勧めします。ChatGPTやGeminiなどを1時間以上は続けて触ってみて、フロー状態になるまで、自分が表現したいものや解決したい問題について、ひたすら壁打ちしてほしいと思います。AIの使いかたも人によって異なりますし、性格によって使いかたも変わりますから、その感覚を自分で掴むことが大事です。AIに偏見を持っている方も多いので、まずは触ってみることが重要だと思います。また、プログラミングや英語などを例にひいたように、この時代には自分が執着を持っている1つのジャンルや世界観、考えかたを持つことがとても重要になってくると思います。それを拡張してくれるのがAIをはじめとするあらゆるテクノロジーだと思います。自分がこう好きでたまらないもの、もしくは嫌いでたまらないものでもよいですが、そうしたものを持っていると、AIに代替されない人間として生きていけるのだろうと思います。

世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーズの登壇でも、とにかく人間であることが大事だとおっしゃっていましたよね。フロー体験や壁打ちをすることは、自分自身を認識していくことにもなります。インスタントに答えが出てしまう単なる検索窓と同じように使っていては1時間も持たないでしょうし。

草野 そうなんです。使ってみたけれど、ありがちな返答しか帰ってこないから面白くないというのは非常にもったいないです。自分がありがちなことを問いかけていたらそうなりますが、自分のなかで深掘りしたいテーマがこう明確にわかっている人にとってはすごく楽しいだろうと思います。

AIツールを用いて対話することで、自分の興味関心が明確化されていきますよね。

草野 おっしゃる通りです。私も自分の思考を整理するために日々ChatGPTやGeminiを使っていますが、本当に仕事がしやすくなりました。

小説から触発されることと、次作について

草野さんが今後取り組みたいことはありますか。

草野 以前から、AIに関する書籍を出したいと考えています。特に芸術においてAIがどのような立ち位置になるか、またAIの持つリアリズムについて文章化しておきたいと思います。また、いつか小説を書いてみたいとも思っています。小説家には、アーティストよりも突飛なことを具体的に書いてる方々がたくさんいらっしいますから。

草野さんが、村田沙耶香さんの『世界99』(集英社)に登場する動物“ピョコルン”を生成した画像を拝見しました。とても可愛らしいのですが、小説の内容を知っていると、可愛いと思う自分が怖くなってきます。

草野 あの画像は上巻の序盤までしか読んでなかったときに描いたので、読み終わってから私自身も気持ち悪くなってきました。作品世界がクレイジーですから。村田さんの文章力にも感嘆します。また、いまのSF的な意匠を持って書かれた作品には非常に興味を抱いています。平野啓一郎さんですとか九段理江さんですとか。日本の小説には、日常生活における社会問題を淡々と書きながら、ディストピアに導く作品が多いように思います。

以前『三体』(ハヤカワSF文庫)のシリーズがお好きだと伺いましたが、大きな設定ではなく日常の違和感が位相を変えて恐ろしいものになっていく小説は多いですね。

草野 インターネットがなかった時代とは決定的に変わってきているとも思いますね。SF小説はずっと書いてみたいと思っています。AIに助けてもらいながら書いてみてもよいかもしれません。

九段理江さんは『東京都同情塔』(新潮社)のあと、95%を生成AIで書いてプロンプトを全文公開する『影の雨』のプロジェクトをされています。

草野 日本には面白い小説家の方がたくさんいらっしゃいます。日本社会では大きな声でフェミニズムが語られることはありませんが、女性作家では川上未映子さんのように淡々とそれを小説に込めている方も多くいらっしゃいます。そうした作品が、ハリウッド映画よりも自分のなかでインスピレーションになってくることが多いです。ピンとくるというよりも、切々と来る感じですね。

いま制作中の作品はありますか。

草野 2025年10月8日から29日まで、ニューヨークのギャラリー“Offline”で「EGO in the Shell:Ghost Interrogation」という個展を開催します。「攻殻機動隊」とのコラボレーション展示になっていて、作品の世界観やコンセプトから影響を受けたインスタレーション作品をつくっています。

以前、フィジカルな作品やインタラクティブな作品をつくりたいとおっしゃっていましたが、今回はインスタレーションになるのですね。先ほど日本的な自我のありようにご興味をお持ちだと伺いましたが「攻殻機動隊」も日本的な世界観を内包しています。「イノセンス」のような日本的な意匠だけでなく、キリスト教的な世界観では肉体と分離して外在的に存在するゴーストが、内在して囁くというように。前回インタビューさせていただいた清水知子先生は「攻殻機動隊」について、身体の所有やセクシャリティの方面から論じていらっしゃいます。

草野 会場にはブラウン管でつくった祭壇をつくり、そこにAIによる私自身の虚構の幼少期を描く映像作品群を映し出します。またホログラムを用いて監視された情報に基づく取調室に没入する体験もすることができます。自己の記憶の曖昧さと、情報が横溢した時代におけるアイデンティティ・クライシスのアンビバレンスを感じていただくことで、記憶と感覚、そして現実を生きることの意味と意義についていま一度考えていただきたいと思います。

断片的で可塑的な記憶と、データ化により分断された自己のあわいに漂いつつ曖昧な自己像を保とうとしているのが私たちの現実感だと思います。今回お話いただいた草野さんのアイデンティティ観が色濃く出た展示になりそうですね。

草野 そうですね。鑑賞した方には、そうした世界観に没入して「いま・ここ」を生きることについて改めて考えてほしいと考えています。また国内では2025年10月1日から11月8日にかけて、私が優秀賞を受賞したCurrents Art Award 2024の受賞者展“Perspectives from Currents Art Award 2024”に参加します。

ミライの科学にふれてみよう おうちじっけん号

山岡 潤一, 草野 絵美 (著)

CEメディアハウス

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世界99

村田沙耶香 (著)

集英社

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三体

劉 慈欣 (著)

大森 望, 光吉 さくら, ワン チャイ (翻訳)

立原 透耶 (監修)

早川書房

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東京都同情塔

九段 理江 (著)

新潮社

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攻殻機動隊

士郎正宗 (著)

講談社

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攻殻機動隊 イノセンス

大塚明夫, 田中敦子 (出演)

押井守 (監督)

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