アーティスト 草野絵美氏に聞く
第3回 複製芸術から生成芸術へ
生成AIアートは従来の複製芸術の延長ではなく、アート・ワールドの枠組みそのものを変容させつつある。大規模言語モデルの登場によって、クリエイターが独自の視点をAIに託して、新たなビジュアル表現を急速に展開している。草野氏はその潮流を体現し、AIによる大量生成の空虚さやデータの偏りを批評的に扱うとともに、アートとファッションをタイムスリップのツールとして再解釈する。AIと身体表象の交錯は、アートと社会を往還する新しい実践を切り拓いている。
草野 絵美(くさの えみ)
1990年、東京都生まれ。AIなどの新技術を取り入れ、ノスタルジア、ポップカルチャー、集合的記憶を主題に作品を制作。作品は、M+(香港)、サーチ・ギャラリー(ロンドン)、グラン・パレ・イマーシフ(パリ)、フランシスコ・カロリヌム美術館(リンツ)、金沢21世紀美術館など、世界20カ国以上の美術館やギャラリーで展示されているほか、Frieze、Untitled Art Miami、Kiafといった国際的なアートフェアにも参加している。2023年にはクリスティーズとグッチのコラボレーションオークションに参加し、2024年にはクリスティーズとUNHCRによるチャリティーオークションにも出品。2025年、世界経済フォーラムにより「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出された。高校時代から原宿でストリートファッションの写真を撮影し、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(ロンドン)などで作品を発表。写真やファッションの経験を通じて、マスメディアが個人や社会のアイデンティティに与える影響を探求している。また、1980年代のJ-POPを現代的なSFの視点で再解釈する音楽ユニット「Satellite Young」の主宰兼リードシンガーとしても活動し、SXSWなどの国際的なイベントに出演。AIやデジタル技術を創作プロセスに取り入れ、これらを協働するパートナーとして位置づけ、過去と現在の対話を通じて現代社会を再考する作品を制作している。
目次
生成AIがもたらした新しいアート・ワールド
都築 正明(以下、――)ピンホールカメラやダゲレオタイプなど、テクノロジーの相関関係については、かなり語り尽くされた話だと思います。ただ、AIアートは、これまでの複製芸術とはやはり異なるように思えます。デュシャンが既製品の便器を美術館に展示して既存のアート・ワールドの硬直性を批判したり、ウォーホールのシルクスクリーンでキャンベルスープの缶を並べた作品が大量生産時代の戯画として評価されたりしてきました。しかしデジタル技術でのレディメイドやコピーは、もはや私たちの日常です。そこでAIアートを生成芸術として考えると、先ほどおっしゃったようなバイアスやデータセットの偏りを可視化するものとなっているのではないかとも考えられます。ディファレンスとレペティションによって、20世紀的なステレオタイプや形而上学的なものを批判する試みとなるのではないかと思います。
草野 絵美氏(以下、草野)そうですね、大規模言語モデルが誕生するまでは、生成AIというのはアルゴリズム・アートやコーディング・アートとして、ランダム性やコードの美しさなど、計算でつくられたものにロマンを感じていらっしゃる方々によって確立して、ニッチに存在していました。しかし大規模言語モデルが出てきて“Neural Fad”のような作品をつくることができるようになってから、AIアートの捉えられかたも大きく変わったと感じています。いまAIアートの分野で作品をつくって世界中で発表されている方は、元々は写真家だったりデザイナーだったり、またアートディレクターで広告系の仕事をしていたけれど本当はアート作品を作りたかった方だったりします。それぞれの持っている知識や世界観、表現したいアイデアがそれぞれ皆さん違いますから、同じツールを使っていても私が想像もつかないような作品を発表されています。そこから、多様かつ急速なスピードで、さまざまなビジュアルが生まれているんです。私は子どもでしたから実感はしていませんが、そこはデジタル写真が出てきたときと同じぐらい、もっと遡れば写真が出てきたころに近い革命的な何かをもたらしているのかもしれないと感じています。いままで表現されなかった設定やアイデアが、大きなリアリティを持ってアウトプットされることが画期的だと思います。
専門的な美術教育を受けていない人たちの表現については、アウトサイダー・アートやアール・ブリュットとして王道のアートとは別枠で捉えられてきましたが、いまはそれが当たり前になってきています。
草野 そうですね。いまは写真界隈の人が多いです。ドイツの写真家の方々はAIでどういう表現をしていくかという話をしていますし、毎年グラン・パレで開催されるパリ・フォトでも今年AIをテーマにしたキュレーションがいくつかあり、私も出展させていただきます。私の場合は特に自分の顔写真を使いますから、AIセルフポートレートという新しいジャンルが生まれているというように感じます。AIは急速なスピードでいくつもパターンが無限にできますから、そこから選び出したり、ツールを組み合わせたりする作業が発生して、それが面白みでもあります。カスタムモデルをつくって、自分の顔のモデルを作って、自分のポートレイト写真100枚ぐらいから私のモデルを作って、さまざまなものと組み合わせたりするのですが、そのときに生成されるものには空虚さがあります。魂のない写真がいっぱいできるんです。
表層だけの自分を客観的にみる感覚なのでしょうか。
草野 客観的というよりも、直感的にそう感じると思います。みなさんがご自身のモデルで試しにつくってみたとしても、おそらく自分が写ってる写真とはやっぱりすごく別物のように感じると思います。
草野さんとしては、それをモチーフとしてみているのでしょうか。
草野 完全にモチーフとしてみて制作しています。
ファッションもまたタイムスリップができるツール
草野さんはご自分のお写真を使われていますが、生成AIについては著作権の課題が切り離せません。草野さんは2024年に国連本部のるWIPO (世界知的所有権機関)でスピーチされましたが、その内容についてお話しください。
草野 WIPOでは5分ぐらいのスピーチをしました。生成AIをどのように活用してクリエイター活動をしているかを話してほしいと依頼されましたので、私自身がAIによってエンパワーされたことを話しました。私はディレクションをしながら作品をつくるタイプなので、AIに出会うまではさまざまな人とのコラボレーションで制作していましたが、AIを使うことでそれを1人ですべてできるようになって、1人でつくることのできる作品の幅も広がったし、予算のないインディペンデント・クリエイターにとっては、アイデアさえあれば革命的なツールだというポジティブな話をしました。
いままで写真を撮影するためには、モデルやライティングなどのスタッフが必要だったけれど、AIを使うことでそれが1人でできるというお話をされていましたよね。草野さんは10代のころにファッションフォトグラファーをされていて、いまはGUCCIとコラボしたNFTオークションにドレスを出展されたり、adidasのビジュアルをつくられたりと、ファッションの発信側をされていますが、マインドセットの変化などはありますか。
草野 ファッションが好きなことは変わりません。ファッションが好きな理由も、レトロなものに惹かれる理由と近いんです。いくらテクノロジーが進化しても、服を着ることは変わりませんから。簡単にタイムスリップができるツールなので、ビンテージのワンピースなどが好きなんです。
「ELLE Japon」2025年9月号でも、レトロなセカンドスキントップスとモード、キャラクターコラボと最新ガジェットなどのお気に入りアイテムを紹介されていましたね。
草野 タイムレスなファッションが好きなので、取り上げていただき非常に光栄です。
ハースト婦人画報社 (編集)
ハースト婦人画報社
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![ELLE JAPON エル・ジャポン 2025年9月号 (2025-07-28) [雑誌]](https://m.media-amazon.com/images/I/71aFbQG-mvL._SL1500_.jpg)