アーティスト 草野絵美氏に聞く
第2回 レトロフューチャーと現代社会の間にあるもの

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聞き手 都築正明
IT批評編集部

草野絵美氏の作品群は、レトロフューチャーの背後に社会批評を織り交ぜて展開されている。“Neural Fad”にみられる一過性のファッド(短期間だけ流行する熱狂や現象)をAIで再現する試みや、男女雇用機会均等法以前のOLを戯画化した“Office Ladies”などの作品には、忘却されやすい文化現象を可視化すると同時に、加速する消費社会やデジタル時代のアイデンティティ・クライシス、また旧弊な価値観へのバックラッシュへの批評と接続している。時代の表象から社会構造を照射するアート実践は、世代や時代の記憶を更新する。

草野 絵美(くさの えみ)

1990年、東京都生まれ。AIなどの新技術を取り入れ、ノスタルジア、ポップカルチャー、集合的記憶を主題に作品を制作。作品は、M+(香港)、サーチ・ギャラリー(ロンドン)、グラン・パレ・イマーシフ(パリ)、フランシスコ・カロリヌム美術館(リンツ)、金沢21世紀美術館など、世界20カ国以上の美術館やギャラリーで展示されているほか、Frieze、Untitled Art Miami、Kiafといった国際的なアートフェアにも参加している。2023年にはクリスティーズとグッチのコラボレーションオークションに参加し、2024年にはクリスティーズとUNHCRによるチャリティーオークションにも出品。2025年、世界経済フォーラムにより「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出された。高校時代から原宿でストリートファッションの写真を撮影し、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(ロンドン)などで作品を発表。写真やファッションの経験を通じて、マスメディアが個人や社会のアイデンティティに与える影響を探求している。また、1980年代のJ-POPを現代的なSFの視点で再解釈する音楽ユニット「Satellite Young」の主宰兼リードシンガーとしても活動し、SXSWなどの国際的なイベントに出演。AIやデジタル技術を創作プロセスに取り入れ、これらを協働するパートナーとして位置づけ、過去と現在の対話を通じて現代社会を再考する作品を制作している。

目次

モードでもなくファッションでもないファッドを再現した作品“Neural Fad”

都築 正明(以下、――)取材にあたって“Morphing Memory of Neural Fad”を見返したのですが、やはり何度も見かえしてしまいます。

草野 絵美氏(以下、草野)発表できた場がよかったのがラッキーだったと思います。Satellite Youngや「新星ギャルバース」など、すべてにそうなのですが、それをどのような文脈で、どのような場で発表するかというのは非常に重要です。1980年代を再現してTikTokerであったり芸人であったりと、同じようなものをつくられている人は他にもいたとは思います。私はSatellite YoungではそれをSynthwaveという、ニッチだけれどカルチャーとしてグローバルな場所で発表したことで、SXSW(South by Southwest)をはじめとしてフェスに取り上げられたりするようになりました。“Neural Fad”も、ストリートスナップ感覚で創作するアイデア自体を思いつく人は他にもいらっしゃるだろうと思いますが、だれがどのようなモチベーションで制作しているかというところが説得力につながったのだと思います。私がストリートスナップのフォトグラファーだったというバックグラウンドを持っていたり、Satellite Youngで活動していたことが観ている人たちに訴求したのだとおもいますし、AIアートが評価されている場所は圧倒的にブロックチェーン上ですから、作品をNFTのなかでもファインアート寄りのコミュニティで発表できたことが非常にラッキーだったなと思います。

モードやファッションは意識的に記録されることが多いと思います。雑誌記録として遡ることができますし、共立女子短期大学教授の渡辺明日香先生のように定点観測をもとに研究をされている方もいらっしゃいます。ただファッドといわれる一過性のものが記録されることは少ないと思います。当時は興味本位で多少は取り上げられたかもしれませんが、ファッション史では、ディスコファッションは出てきても、ハコに入れなかった未成年の“竹の子族”や“ローラー族”のスナップは出てきません。そこを生成によって再現したのが斬新なアイデアだと感じました。

草野 この作品ではMidjourneyやStable diffusionを使ったのですが、あらゆる大規模言語モデルは基本的に、英語情報でつくられています。いまは中国の大規模言語モデルも出てきていますがいずれにせよ、日本のニッチなものは検索しても埋もれてしまって出てきませんし、そもそも写真の量とかも少ないので、多分、ネット上に“竹の子族”の写真だけでも、モデルをつくるだけの数があるかどうかも怪しいところです。いまは多少は出てくるかもしれませんが、当時は全く出てきませんでしたから、プロンプトを工夫して“竹の子族”とはなにかを当時のChatGPTに学習させて生成しました。

原宿に“ブティック竹の子”という店が1つあって、原宿の歩行者天国で踊った若者がそこで衣装を買っていただけですものね。ロンドンパンクのようにヒットさせようとした仕掛け人がいたわけでもないですし。

草野 ギャルやユーロビートなどと比べても、非常に局所的で2〜3年の短いスパンの現象だったのだろうと思います。

Morphing Memory of Neural Fad (AI Video Work) by Emi Kusano

過剰な表象の背後にある社会批評のアティテュード

草野さんのアート作品を拝見していて、大きく2つの傾向に分けられると思いました。レトロフューチャリスティックな感覚やノスタルジーが軸になっていることは一貫していますが、一方は加速主義を風刺した社会に向けた作品群があり、他方ではその社会のなかでの実存にコミットしてる作品が、特に最近の作品に多いと感じました。“Algorhythm of Narcissus”では、ネット上に発信してデータとして散逸したDividual(分人)がいつしか自己像として人格を結んでしまうことを描かれていますし、“She/Body/Null”では、バイアスに満ちたサイボーグ的な身体のなかでアイデンティティのドメインが希薄化されていくさまを描かれています。やはりそうした危機感については自覚的でいらっしゃるのでしょうか。

草野 海外の方には、私の作品の「レトロフューチャー的な雰囲気」がとても響くようです。シティポップのように素敵だと評価していただける一方で、日本では「表面的な美しさに寄っていて、オリエンタリズム的だ」と冷ややかに見られることもあります。1980年代をモチーフにしているのは、当時のメディア文化への強い憧れや執着があるからです。ただし、それは純粋な愛着だけではなく、嫌悪や葛藤も含んだ「愛憎半ばする」感覚でもあります。また、「分人主義」や「AI時代のアイデンティティ」というテーマについては、これからも探求していきたいと思っています。特に、西洋のSFで描かれる自我とは違う、日本的な自己のあり方には強い関心を抱いています。

草野さんが生まれる前ですが、1980年代の日本は事後的にバブル時代という捉えかたをされていて、その後の崩壊を前提として語られることが多いですよね。一方、いまはフィルターバブルという言葉こそ指摘されますが、デジタル時代以降の実存のありようをいま実感することはできません。時代の渦中にいた人たちは、やはり日常を謳歌していたのだろうと思います。

草野 昔を振り返ると、現在からするとおかしかったことも結構多かったと思います。私が子どもだったりティーンだったりのころは、まだ反知性主義などが残っていました。男性タレントが浮気をしていることを自慢していたり、女性はオバサンとしてイジられているような。そうした当時の狂気のようなものは気になっています。いまはそういう世の中ではなくなったと同時に分断されているようで、そうしたところは気になっています。コミュニティによって表象も変わるようになりました。それぞれ違うものをみているので、生活や行動様式も細分化されています。子どものころは、日本にいたら日本のテレビが伝達した情報で世の中が回っていて、スクールカーストも決まっていて、どういう上司がモテるというのも決まっていましたが、それが分断されたことで、よいこともあれば悪いこともあるのだと思います。

スクールカーストでいうと、昔はわかりやすく体育会系で面白いことを言ったりしたりする男子と、それに同調してちやほやされる女子がスクールカースト上位でした。いまはそこで「あれイタいよね」「必死だな」という一言で、すぐに空気が変わるような緊張感がありますね。

草野 私は2015年ごろに広告代理店で若者の消費行動の分析をしていました。オタク系/サブカル系/ギャルとマイルドヤンキー系/体育会系の4つに分けてペルソナやアルゴリズムを分析していたのですが、いまはその類型だけで測ることはできなくなっています。

当時はさまざまなものが4象限グラフで分類されていましたが、いまでは説得力がないでしょうね。

草野 ヤンキーらしいヤンキーもいませんし、オタクらしいオタクもいないという状況ですね。また、以前に比べて、単純に服などの物理的消費も減ってきている気がします。街なかのストリートはなくなってしまいましたが、Instagramのクラスタごとにストリートがあるような印象です。

Algorhythm of Narcissus(リンク先に動画・画像あり)

She/Body/Null(リンク先に動画・画像あり)

時代感覚のバックラッシュへの警戒をアートで表現する

草野さんがいまの時代に感じられている違和感を表現しているのが、例えば草野さんがOLに扮した“Office Ladies”という作品ですね。

草野 ここ最近、世界の価値観の揺り戻しのようなものを感じています。多様性への理解や男女平等が進んでいき、ここ数年は夢のような時期でしたが、それが加速したことで過剰なことを言うような人が出てきて、ひと昔より昔の考えかたをこう持ち出してくるポピュリスト的な指導者が支持を受けるような流れから、人間の偏見や硬直した価値観が繰り返して生産されることを体験しています。生成AIを使っていると、女性はこうあるべき、男性はこうあるべきというバイアスが反映されることがあるので、そうしたところを表現しようと思いました。

男女雇用機会均等法が制定されてからは、草野さんの描かれたような、雑用をしたり寿退社を求められたりというティピカルなOLさんは表向きいないことにされていますが、接頭語に“丸の内”をつけた途端に憧れの対象になってしまいます。

草野 “丸の内OL”は文化的なアイコンとして語られることがあります。一方、新橋のサラリーマンは港区勤務のビジネスマンですが、憧れの対象にはなりませんけれど。

Office Ladies(リンク先に画像あり)