サイケデリック/アシッド・サイエンス
第5回 ハルシネーションと嘘からカオスに対峙する

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テキスト 都築正明
IT批評編集部

大規模言語モデル(LLM)が出力するハルシネーションは、なにかを示唆しているのかもしれない。デイヴィッド・ベイカー教授がハルシネーションから偉大な発見を成し遂げたように、誤作動として捨象されるAIのこうした挙動をカオスとして受け取ることで、私たちは未知の事象へと足を踏み入れることができるかもしれない。

目次

大規模言語モデルのハルシネーションが示唆すること

話をLLM(Large Language Model大規模言語モデル)に戻そう。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)と同大学大学院情報理工学系研究科によるグループは、情報処理の動的過程が感覚性失語症当事者の脳活動と類似しているというプレスリリースを発表した。LLMが質問に対して不正確な情報を流暢な表現で返してくるハルシネーションは、多くの読者が経験されていることだろう。WPI-IRCNの研究グループは、こうした言語行動が、脳内のウェルニッケ野を損傷した感覚性失語症の患者と似通っていることに着目し、LLM内の情報処理は感覚性失語症当事者の脳活動と似ているのではないかという仮説を立てた。そのうえで、LLMの内部情報処理過程と失語症当事者の脳活動を、エネルギー地形解析という数理解析したところ、両者のダイナミクスが近似していることが判明したという。

やや牽強付会かもしれないが、これを敷衍するとLLMの内部構造は言語による独自の文法を持ちつつも、私たちの文法では読み解けないカオス的な構造の一類かもしれない。フロイトは夢や言い間違い、失錯行為などに無意識が現れると指摘しており、ジャック・ラカンは『精神分析における話と言語活動の機能と領野』(新宮一成訳/弘文堂)において「無意識は言語のように構造化されている」と述べ、隠喩や換喩のような修辞的メカニズムを有していることを主張している。

カオスに対峙する3つのスタンス

2025年4月に公開された本連載の「即興する心とAIの因果」で少し紹介したジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの共著作『哲学とは何か』(財津理訳/河出文庫)で論じられるカオスについて、改めて触れてみたい。

ドゥルーズ=ガタリにとってカオスとは「すべてが未分化に存在し、あらゆる差異が区別されていない状態」のことをいう。人にとっては耐え難い状況ではあるものの、あらゆる多様性の存在する場であり、無限の潜在性を孕んでいる。そして、その耐え難さゆえにそこに痕跡を与え、想像する営為がもたらされる。かれらは哲学・科学・芸術という3つの創造的実践の形式を挙げて、それぞれがいかにカオスに接し、なにを創造するのかを示している。3つの実践のアプローチについては、およそ以下のように整理される。

科学は、カオスに限界を設定し、そのなかから測定可能な関数(function)を定式化し、再現可能な法則(loi)を抽出することでカオス内に<参照の平面(plan de référence)>を構築しようとする。

哲学はカオス内に投企して、新しい問題系や意味の可能性を探り「永遠の相のもとで」(スピノザ)持続化しうるカオスに耐えうる思考の技術としての内在平面を問うことで<概念の平面(plan de consistance)>を構築しようとする。

芸術は、知覚と情動、衝動からなる感覚のブロックを抽出し、定着することで、永続的な感覚を形づくり、過去・現在・未来の時制を瞬間の中に凝縮することで、生の強度を培う<感性の平面(plan de composition)>を生成する。

私たちの眼の前にあるLLMのファウンデーション・モデルがカオスを内包しているとすれば、そしてその作動が私たちの無意識に近似しているとすれば、自分たちの文脈では理解不可能な“嘘=ハルシネーション”として切り捨てることは、その成果の大半を無為の淵に追いやっていることになるのかもしれない。哲学者ジャン=リュック・ナンシーが子どもたちと語り合った『嘘の真理(ほんと)』(柿並良佑訳/講談社選書メチエ) という書籍で、ナンシーは「これまでで一番難しいテーマ」としつつ、嘘のなかには真実が存在すること、また嘘は他人との関係と共同体の問題であることを語っている。思考とは現実への適応ではなく、カオスとの格闘である。ハルシネーションを軸に生命の謎と可能性を切り拓いたデイヴィッド・ベイカー教授のエピソードからは、そのことを実感できる。

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本稿は、2025年4月に東京藝術大学で開催されたシンポジウム“AIと臓器——芸術と人間性をめぐる問い”に登壇したアーティストの長谷川愛氏が、思考が混濁する様について「ハルシネる」と表現したことが瞬時にミーム化し、登壇者が続々と「ハルシネっちゃった」と口にしたことから着想を得るとともに、氏の作品“PARALLEL TUMMY CLINIC”におけるVRへの没入体験が思考の端緒となった。またAIと協働することでカオスとコンタクトをはかることについては、同シンポジウムの登壇者でもあったアーティスト岸裕真氏への取材から大きな示唆を得た。記して両氏に感謝したい。

哲学とは何か

G・ドゥルーズ, F・ガタリ (著)

財津 理 (翻訳)

河出書房新社

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嘘の真理(ほんと)

ジャン=リュック・ナンシー (著)

柿並良佑 (翻訳)

講談社

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