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テキスト 都築 正明
IT批評編集部

ラテンアメリカの語り部たち

疫病と戦乱のもとで混沌の地となったアテネを憂いたプラトンが、哲人王の理性と論理のうえに建国されるユートピアを構想した対話篇『国家』(藤沢令夫訳/岩波文庫)において劇作家や詩人を強く非難しているのも、物語作家が市民の混乱を引き起こし、風刺が師ソクラテスの権威を失墜させたことに起因している。換言すれば、それほど物語の力を警戒していたことになる。『国家』においてプラトンは真実よりも“高貴な嘘”を選びさえするのだから。ソクラテスが文字言語を遺さなかったことは有名だが、論理により鋳直されるプラトン的世界は、きわめてアルゴリズムに親和性が高いともいえる。

2024年6月にガルシア=マルケスの『百年の孤独』(鼓直訳/新潮文庫)が文庫化され、また発売後即重版になったことが話題になっている。この小説はコロンビアにある架空の村マコンドを開拓したブエンディア一族の栄枯盛衰をめぐる物語で、この村の開祖ウルスラにより定められた近親婚のタブーが破られることでマコンドは衰退と滅亡の途をたどることとなる。作品をあまり一般化することはしたくないが、このエピソードは旧くからあるインセスト・タブーのナラティブとして位置づけることができる。またペルーの作家マリオ=バルガス=リョサの小説『密林の語り部』(西村英一郎訳/岩波文庫)は、ペルーの国立サンマルコス大学で民俗学を学ぶ優秀なユダヤ人学生がアマゾンの少数民族マチゲンガ族の文化に魅了される物語だ。かれは民俗学者や言語学者のフィールドワークとして介入することが、少数民族の生活世界を破壊し、西洋文明への同化や文化の絶滅につながりかねないことを主張する。ある日忽然と姿を消したかれは、すべてを捨ててマチガンガ族の生活に溶け込み、西洋文化を拒みつつ民族のナラティブを継承する語り部になる。マルケスやリョサの用いた、日常の視点から非日常を幻視するマジック・リアリズムの作風は大きく話題になり、ラテンアメリカ文学の世界的ブームをまきおこした。マジック・リアリズムはたんなる技法としてでなく、伝承や神話などと現実とを融合させるという意味で、小説を書くとはどういうことかを問いなおすことでもある。リョサは『疎外と叛逆 ガルシア・マルケスとバルガス=リョサの対話』(寺尾隆吉訳/水声社)においてガルシア=マルケス『百年の孤独』にふれつつ「小説とは秘めやかな神殺しであり、現実を象徴的な形で暗殺する行為にほかならない」とも述べている。

虚実が入り乱れるマジック・リアリズムで用いられるような再帰的な入れ子構造は、本来コンピュータのアルゴリズムの得意とするところだ。構造化プログラミングにおいては、あるプログラムのなかでほかの関数であるプログラムを呼び出し、そのなかでまたほかの関数を呼び出し……ということが頻繁に行われる。プロンプトを作成するのは難しそうだが、生成AIを用いてラテンアメリカ文学のようなロジックを内部で構成することは可能かもしれない。しかしこの場合、おそらく文章を出力する時点で困難をきたす。ChatGPTのような生成AIでもDeepLのような翻訳ツールでも、複雑な関係詞をもつ外国語文章の訳文に驚いた経験がある読者も多いだろう。また参照する文例からは大きく外れているために、読んでわかる文章になることは難しそうだ。もっとも、『百年の孤独』のようなインセスト・タブーにかかわる表現は利用規約に反するとして弾かれてしまうことが考えられるが。

国家 上 (岩波文庫 青 601-7)

国家 上
プラトン 著 , 藤沢令夫 訳
岩波文庫
ISBN9784003360170


百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)

百年の孤独
ガブリエル・ガルシア=マルケス/著 、鼓直/訳
新潮文庫
ISBN978-4-10-205212-9


密林の語り部 (岩波文庫)

密林の語り部
バルガス=リョサ 作 , 西村 英一郎 訳
岩波文庫
ISBN9784003279632


疎外と叛逆ーーガルシア・マルケスとバルガス・ジョサの対話

疎外と叛逆ーーガルシア・マルケスとバルガス・ジョサの対話
G. ガルシア・マルケス, M. バルガス・ジョサ 著, 寺尾隆吉 訳
水声社
ISBN978-4801000230


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