東京大学大学院准教授 馬場雪乃氏に聞く
(1) 研究者とAIが協働して課題を解決する
研究パートナーとしてのAIを開発する
ビッグデータに人が関数としてかかわるヒューマン・イン・ザ・ループ(Humam-in-the-Loop)の発想は、データマイニングの延長線上にある発想でしょうか。
馬場 はい。各ユーザーのデータを素材に少し料理するだけという立場から、こちらからほしい情報やデータを求めていったほうが効率的にデータを集められるという発想に至って、クラウドソーシングの研究に進んでいったという経緯です。ウェブマイニングという受動的なところから、能動的に介入する研究スタンスに一歩進んだイメージです。
先生が開発を進めている、研究のパートナーとなるAIは、どのような働きをするのでしょう。
馬場 JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)のムーンショット型研究開発事業のプロジェクトになっています。このプロジェクトは2023年に発足したので、ちょうどChatGPTの登場と同時期ぐらいにはじまったことになります。当初はLLMに文献データを大量に入れてしまえば、研究できるAIが実現できるのではないかと考えていました。しかし研究者の方々にヒアリングしてみると、研究室だけで共有される暗黙知があるので、文献だけで学習したAIは研究者のパートナーにはなり得ないというお話を多くいただきました。ですから、AIを研究のパートナーにするためには、研究者がそうした暗黙知をAIに教えていく必要があるわけです。私たちがムーンショットのプロジェクトで行っているのは、AIが出してくる結果に研究者がフィードバックを与えることで、研究者だけが持っている暗黙知をAIに教えていく取り組みです。
ChatGPTが出てきたときに、存在しないリファレンスをまことしやかに並べられたとおっしゃっていた方もいました。
馬場 先日、東京大学の五月祭に登壇して、GPT-4へのクイズを学生から募ってみました。「東大の校歌はなんですか」という問いにGPT-4がデタラメな答えを生成するのをみながら、いまでもハルシネーションがあることを示しました。
仮説を立てるにあたって、AIからインスピレーションを得ることも研究されているそうですね。
馬場 人の研究者は、自分の研究領域の文献ばかりを読んでいるので、どうしても発想が偏りがちです。そこで、AIの客観的な視点を入れてあげることで、新しいひらめきや仮説が出てくるのではないかと期待しています。
学際的な研究も広がりやすくなりそうですね。
馬場 そこは大きく期待できるところだと思います。
有名な経済学のジョークがありますよね。鍵を落として街灯の下で探している経済学者に、通りがかった人が「どうして暗がりも探さないのですか」と訊くと「だって街灯の下にないと見つからないじゃないか」と答えた、という。
馬場 面白い喩えですね。仮説を検証する手段を数多く提案することも、AIが得意とするところだと思います。化学分野では、だれが実験をするかによって結果が違うことも多いそうです。そこでAIがサポートして適切な実験者をアサインメントすることも可能だと考えています。
コツがあるにしても、あまり属人的になってしまうと検証の真偽があやふやになる懸念もあります。
馬場 ボスのプレッシャーがあったり、グループの同調圧力がはたらきすぎたりしないように、AIに多角検証の一端を担わせることも可能だと思います。仮説においても実験においても、AIは人の視野を広げるのに役立つと思います。
先生はムーンショット型研究の解説動画で、AIに「この仮説にしがみついても未来がないよ」とアドバイスしてほしいとおっしゃっています。
ムーンショット型研究の解説動画:「人間と互いに高め合うパートナーAIの実現を」 馬場雪乃 [ムーンショット目標3]
馬場 人間はどうしても確証バイアスにとらわれたりサンクコストを惜しんだりしますから、なかなか自分の立てた仮説から手離れできないんですよ。そういうことは、だれかに指摘してほしいと思います。
科学研究にAIが参加するようになって人的コストがかからなくなれば、若い研究者が自分の研究をしやすくなるメリットもありそうですね。
馬場 それは大いにあると思います。マウスの世話をはじめ、現場によっては若手研究者がさまざまな雑用に追われて自分の創造性を発揮できないことも多いでしょうから。AIが雑用をサポートしてくれれば、若い方々が自分の時間を持って発想を活かせるのではないかと思います。
学務で多忙な先生もいらっしゃいますよね。定年退官して「ようやく自分の研究ができる」とおっしゃる先生も多くいらっしゃいます。
馬場 学内業務のDX導入がどんどん進んで、研究時間が確保できるとよいと心底思います。実際は責任があるので難しいのですが、教員どうしでは冗談で「試験監督AIがほしいよね」と言い合ったりしています。
