企業が目指すべき「社会技術」という競争優位
大阪大学社会技術共創研究センター長・岸本充生氏に聞く(3)

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

大阪大学ELSIセンターでは、民間企業と共同で事業プロセスにおけるリスクアセスメントなどを研究している。企業にとって、ELSI対応をする意義はどこにあるのか、規制を先取りして課題に取り組むことでどんな優位性が生まれるのか。

岸本充生

岸本 充生(きしもと あつお)

大阪大学社会技術共創研究センター(ELSIセンター)センター長。大阪大学データビリティフロンティア機構(IDS)ビッグデータ社会技術部門教授。

京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。 博士(経済学)。 独立行政法人産業技術総合研究所、東京大学公共政策大学院を経て、2017年から大阪大学データビリティフロンティア機構教授。2020年4月から新設された社会技術共創研究センター長を兼任。

共著に『基準値のからくり』(講談社)、『環境リスクマネジメントハンドブック』(朝倉書店)、『環境リスク評価論』(大阪大学出版会)などがある。

目次

対応はビジネス戦略そのもの

桐原 大阪大学のELSIセンターはさまざまな民間企業と組んで、共同研究をやっていらっしゃいますね。

岸本 企業さんごとにいろいろなフェーズで共同研究しています。NECさんとやっている顔認証については、すでに技術としては出来上がっているものなので、それをどう使ってもらうかというフェーズをやっています。NHK技研さんやリコーさんとは、研究開発前から社会実装までのプロセスで、どういうことに気を付けないといけないかというガイドの作成をやっています。

桐原 これまでの研究倫理審査とはどこが違うのですか。

岸本 医学系の研究倫理審査の場合、スコープはあくまでも研究で、被験者保護が第一ですよね。社会実装がどんな形でなされるかは実はスコープ外なんです。企業の場合、法務部門がゲートとして存在していて、厳しくダメ出しするわけですが、研究開発してPoCをやってサービスや商品を社会に出すときに初めて彼らは出てくるんですよ。そこで駄目ですと言われて世に出なかったら、そこまでの苦労が全部無駄になるわけです。それなら最初から実装を視野に入れたELSI配慮のプロセスをつくりたいというニーズは、各社持っていますね。

桐原 どんなかたちで一緒にやるのですか。

岸本 共同研究というかたちになります。研究プロセスも含めてアウトプットはウェブサイトに公開したり学会や論文で発表したりします。リアルタイムでオープンにすることはできませんが、事後的にはできる限り全部オープンにしましょうという姿勢です。

桐原 企業からはどういう職種の方がいらっしゃるんでしょうか。

岸本 基本的には研究部署の技術者とご一緒します。今ある技術をこういうところに使いたい、こういう用途で使いたいという要望に対して、リスクを洗い出して、プロセスごとのルールを決めるみたいなことを手伝っています。

桐原 ITばりばりのエンジニアがELSI的な考え方を受け入れるのは、ハードルが高くないですか。

岸本 全員が関心を持つ必要はありませんが、ELSIの分かる人が企業に一定割合はいてもらわないと話が進まないなとは思います。SDGsとかESG投資とかCSRとか、似たような略称がいろいろあって、ELSIと何が違うんですかと聞かれるのですが、全然違いますと答えています。ELSI対応はビジネスそのものなんですよ。ELSI対応というのは製品やサービスを社会実装するために必要不可欠なパートであって、かつうまくやるとそれ自体が競争力になりうるものです。

桐原 そこは重要ですね。

岸本 必要不可欠かつ頑張ったら競争力になるというものなので、これはビジネスそのものなんですよ。もっというと技術開発そのものなんです。意識の高い会社がボランティアでやっていますみたいな話とはまったく違うんですという話をしています。だからこそ企業も共同研究にお金を出すわけです。

桐原 おっしゃる通りだなと思います。テックベンチャーもたくさんありますが、全部が全部、倫理の問題に敏感なわけではありません。すぐには優位性にはならないけど、押さえといてやっとくことが将来の優位性につながるはずですよね。

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