大阪大学社会技術共創研究センター長・岸本充生氏に聞く
(3)企業が目指すべき「社会技術」という競争優位
>常に「同意」を強いられる理不尽さ
桐原 ELSIセンターにはさまざまなバックグラウンドを持つ人がいらっしゃるわけですね。
岸本 そうですね。実は僕、大阪大学に来るまでは、経済と法律以外の人文系の学者と一緒に研究したことがなかったんです。よく冗談で、「倫理学者は空想上の生き物だと思ってました」とか言うんですけど。若手の倫理学者で面白いこと言っている人がいて、その人は研究対象というのはずっとテキストだと思ってましたと言ったんです。
桐原 なるほど。現実の問題として捉えてなかったんですね。
岸本 それまでリアルな問題を研究対象だと考えたことがなくて、たまたまELSIセンターに来て、なるほど、こんなにいろいろ現実社会にも研究対象があるんだということが分かった、すごく面白いですみたいなことを言ってる。意外と現実課題の解決に倫理学を応用したいという若手は多くて、そういう意味でいうと、IT界隈には未解決の問題がたくさん転がっているので、ちょっとしたきっかけでコラボはいっぱいできると僕は思っていますね。
桐原 例えば身近でいうとどんな問題でしょうか。
岸本 同意の問題はこれから大きく変わっていくでしょうね。今はアプリをダウンロードするにも何するにも、とにかく利用規約に同意を求められますが、例えば店頭で割引が使えるというので店のアプリをスマホにダウンロードする際に、店員の指示で進めていくと、「はい、同意ボタンを押して」と言われるんですよ。「ちょっと待って、全部読むから」と思いものの、そんな感じじゃなくてつい同意ボタンを押してしまう自分がいて、ELSIセンター長としてどうなのと自問自答するわけですが、これを倫理学者は、ものすごい問題視するんですね。要するに、人々に嘘をつかせているわけですよ。読んでもいないものを読んだって言わせているわけです。最近は中高生もスマホ持ってアプリを入れていますから、こんな悪い教育ないですよ。
桐原 倫理的におかしいと。
岸本 平気で嘘をついていいなんて、めちゃめちゃ教育的ではないわけじゃないですか。その仕組みをつくったのは、我々世代ですよ。それは道徳的なおかしさですけど、企業の立場としても間違っていると思っています。なんでも同意させるというのは、何かあったときの責任を全部利用者に押し付けているわけですから。安全を確保するのは事業者の責務です。例えば我々は建物に入るときに何かに同意しませんよね。構造計算書を読んでから入る人はいないわけで。当然この建物をつくっている人や運営している人が安全を確保していると信頼しているからです。もうインターネットが始まって何十年たっても未だにこんな状況なのは、大いなる欠陥ですよ。リアルな社会でどういう場合に同意を取っているかというと、バンジージャンプとかスキューバダイビングをやる前とかです。どういう場合かというと、usualじゃないときなんですよ。un usualなときに同意は取るものです。であるならば、通常のデータ管理をやっているだけなら同意を取る必要はない。普通ではないケース、例えば想像しづらい第三者にデータを渡していますとか、何か別の目的のトレーニングデータに使いますとか、そういう差分だけ通知すればいいと思うです。あるいはリスクアセスメントを実施して第三者機関が確認してOKでしたという情報を載せるというやり方もあります。ユーザーの負荷を減らすのがサービス提供者の礼儀だと思います。
桐原 インターネットサービスが増えたからですかね。
岸本 あれはバグですよ、完全に。もはや奇習だといってもよい。
桐原 そういえば、商品についている説明書なども読めないくらい小さい文字で書かれています。
岸本 読ませる気がないけど、取りあえずやっておけばいいみたいな感じですよね。しかもなんの疑問も持っていません。これ、現代アートになると思うんですよね。徹底的になんでも同意を取っていく。そもそも会場に入る前からいろいろな同意ボタンを押さないと入れない。
桐原 面白いですね。どこかにとんでもないことが書いてあって、それにも同意してしまうという。
岸本 われわれの現実もそうなんですよと気づかせるようなアート展をしたいですね。(了)