東京大学大学院総合文化研究科教授 池上 高志氏に聞く
(2)心と生命、身体の新しい見取り図
桐原永叔(IT批評編集長)
解釈や意味を超えた先にあるもの
YouTubeでベイトソンについてお話されているのを伺いました。ベイトソンはダブルバインドという状況が統合失調症を生むことを提唱し、そういう患者さんへのアプローチとして、フロイトは無意識下の心象風景を表出させるアートセラピーを用いました。
池上 無意識などにアクセスするのに身体性が必要なのは、何らかの素材が必要だからですかね。doodling(無意識の落書き)のように落書きするのであれば、シンボル以前のものが必要です。
目的やテーマ、コンセプトがあるわけでもない。
池上 しかし人間は、ふつうは意味や目的のない動きや会話には耐えられないんですよね。抽象絵画を見に行くと、これは何を表したものか、といった会話を耳にする。たとえば昨年ゲルハルト・リヒター1の大規模な回顧展が開催されましたが、作品の解説がつけてあって、一生懸命に意味を説明していた。しかしあれは面白くないし、それこそ意味がない。作品そのものとして美しいかどうかが重要ですし、作家も意味を与えようと思って描いているわけではないでしょう。優れた芸術作品は、意味やシンボルを超越したところに生まれるのだと思います。解釈や意味が与えられなくても、それを抱え込めること、それがとても大事だと思います。
美術館に足を運んで、名状しがたい作品に触れて自分の価値観が変わると感動しますが、あまりにも価値観が転倒するものに出会うと、何かの意味やストーリーを与えて相対化してしまいがちです。
池上 最近VR作品をつくりました。みんなはリアリティを求めて、現実に似たものをVRでつくりますが、私はそうでないものをつくっています。リアルであるということは、意味がわかるということではない。私はそうでない抽象的なVRをつくるのですが、その無意味性に耐えられず参る人がいる。そこからもう一押ししたところに、本当の意味でのリアリティ、拡張現実があるのではないかと考えています。現実には存在しないけれど強いリアリティを持っているものから、自分の脳の機能や意味を求める能力が拡張される――私はその可能性を求めてVRをつくっています。
VRなども、現実とは何かを考え直すきっかけになりますよね。先生のおっしゃったように、現実の似姿ではないものをつくることで、もう一度、現実に戻ってきたときに、別の位相が見えたりするような。
池上 いま、荒川修作2さんの「天命反転の橋」をVRで再構成しているのです。140メートルあるのですが、途中に大きな穴があったり、階段を下りなければならなかったりと、複雑なものが橋の上に乗っていて、それをVR上で経験してもらう。
「養老天命反転地」で気持ち悪くなる人がいっぱいいると聞いたことがあります。
池上 異なる脳の使い方をすることで死ぬことがなくなる、という荒川さんのプロジェクトですから。私は気持ち悪くはなりませんでしたけれど。荒川さんがいま生きていたらVRをつくられただろうと思いつつ制作しています。
VR作品の他に、進行中のプロジェクトはありますか。
池上 VRに加え、GPTと会話するパフォーマンスを 5 月に東京3で公演します。山田うんさんというダンサーとの共同プロジェクトで、4 幕あるパフォーマンスです。1 幕目では最初はドローンが 100 台登場するなかで、うんさんが踊ります。2 幕目で、GPT-3 と私が会話する。第 3 幕で、うんさんがVRのゴーグルをつけて踊る。4幕目は、小さなロボットがたくさん出てくる。GPTは言葉が作る世界ですが、それに対して「言葉なき世界」の豊かさを表現したいと思います。また、アンディ・クラークと松岡正剛4さんとの対談を高野山で開催することを企画しています。2 年前の 11 月に、空海がどのようなことを考えていたのかを知りたいと思って高野山に行ったんです。宿坊に泊まって、朝起きて瞑想したりして。前に東京の「結縁灌頂」の儀式を覗きに行った時に、これはVRで再現できそうだと思っていたのですが……VRと仏教との親和性を感じましたね。
桐原 永叔(以下、桐原)そういえば、禅宗ではトランス状態での得た悟りをホンモノの悟りとは認めず、日常のなかで悟ることを大事にするような印象があります。
池上 VRも同じで、VR空間から現実に戻ったときに、何かに気づく――現実世界のシミュレーションではなく、心のシミュレーションであることが、大事だと思います。私が思うVRでは、座ったままではなく、触ったり歩いたりすることが重要で、座って体験するのとはまったく質の違う体験ができる。
桐原 そこに身体性が関わってくるわけですね。
池上 そうです。意識や心を追体験するのに、身体性抜きでは考えられないと思いました。
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