京都大学大学院経済学研究科教授 依田高典氏に聞く
(1)行動経済学と機械学習で、人の「ココロ」がわかる?
フィールド実験の段階的発展
フィールド実験も段階的な発展を経てきたのでしょうか。
依田 フィールド実験にも 3 次の段階がありました。第 1 次は近代統計学の誕生当初です。 統計学にはフィッシャー、ネイマン、ピアソン1という 3 人の有名な祖がいますが、そのうちのフィッシャーがランダム化を用いて因果性を識別できることを、最初に提唱しました。フィールド実験というのは、そのときからはじまっていることになります。第 2 次ブームは1960 年代で、アメリカとイギリスで多くの社会実験が行われました。ケネディ-ジョンソンの時代です。しかし、これはコストの問題から長続きしませんでした。 医療費を何パーセント程度、徴収すれば医療制度を最も効率的に運用できるかというような社会実験をしたのですが、なんせアナログの時代ですから、実験の運用コストがかさんでしまったのです。現在なら 1 億円でできた実験が当時は 10 億円、100 億円とかかったので長続きしませんでした。そして 1990 年代にまたフィールド実験が使われるようになりました。はじめに使われたのは開発経済学の分野で、発展途上国の貧困問題に対する実験です。その理由はやはり、コストが安くすんだからです。2000 年代に IT のビッグデータブームが訪れて、IoT を通じてデータを自動的に収集できるようになりました。データを低コストかつ高頻度に取得できるようになったというのが、重要なポイントです。
先生が東日本大震災後の 2012 年に行われた電力量を抑制する実験は、データ取得という側面からも機が熟していたわけですね。
依田 2000 年代、特に 2010 年以降には、非常に実験しやすくなってきました。多くの人がインターネットに繋げるようになった 1995 年前後を Web 1.0 とすると、IoT やクラウド、また2008 年に Apple の iPhone 発売を嚆矢とするスマートフォンの普及を背景にスマートデバイスを通じて自動的にビッグデータが集まっているのが Web2.0の世界ですね。Web 2.0 の環境が第 3 次人工知能ブームを支え、この第 3 次フィールド実験も実施しやすい状況にあります。さきほどマクロ経済の話が出ましたが、人間の行動のデータが採れるからマクロ経済の世界でこれができるかというと「アベノミクスの3本の矢がどのぐらい効果があったのか」「日銀がゼロ金利を解除することで、どうなるか」ということを実験することはではできないので、やはり水掛け論にしかなりません。
あくまで思考実験としてお伺いするのですが、同じ手法をマクロ経済の政策評価に使ったとすると、どうなるでしょう。
依田 たとえば金利の上昇がどういう影響を及ぼすかを調べたいのであれば、日本を 2 つに分けて、10 年ものの国債金利を上げる集団と、上げない集団とに分けて実験することが必要です。そしてミクロの積み上げとして仮説検証を行い、物価がどの程度上昇するか、また国債価格がどの程度下がるかなどを検証することになります。つまりマクロの問題を、我々が観察できるようなミクロの単位に落とし込んで、因果推論をすることは不可能ではありません。
ただ、それをマクロ経済学と呼べるかというと……。
依田 マクロ経済学をミクロな現象に還元しただけであって、マクロな事象をマクロ経済学の独自の方法論で分析できたわけではありません。
ミクロ経済学が生のデータを使い、科学的に因果関係を導くことができるようになると、マクロ経済学の虚構性が際立ってしまう。
依田 そうですね。一般的なレベルでは、因果推論的という意味においては、科学的に原因と結果の識別ができるけど、マクロは取り残されてしまって、マクロ独自の科学とはなにか、ということが問われてきています。最近でいうと、ネット番組などで成田悠輔さんが経済評論家とマクロ分野について論争する場面がよくみられますが、一般の視聴者からは経済学者の言うことと経済評論家の言うことの区別がつけづらくなっています。
そもそも成田悠輔さんは、依田先生と同雑誌に論文が併載されるような、行動経済学がご専門ですよね。
依田 おっしゃるとおり、成田先生自身は、機械学習や因果推論における世界的な研究者ですし、最も優れた頭脳を持つ方ですが、マクロ経済に詳しいわけではありません。