東京大学 先端科学技術研究センター 吉村 有司氏に聞く
(2)都市づくりに新たな視点「アーバン・サイエンス」の可能性
市民意識と合意形成を促進するツール
先生は、市民のボトムアップによるまちづくりを重視されています。市民の合意形成をはかることが重要だと思うのですが、先生の知見をお聞かせいただけますか。
吉村 バルセロナは現在、スーパーブロック・プロジェクトという街全体における歩行者空間化に取り組んでいます。市内全街路の 60 %以上を歩行者優先にするという壮大な計画です。ウォーカブルなまちづくりの規模としてはバルセロナは間違いなく他都市に比べて頭 1 つ分も 2 つ分も抜きん出ていて、世界中が注目しています。僕も先月、3 年ぶりにバルセロナを訪れましたが、幹線道路をウォーカブル空間に変更していたり、公共交通機関を使わないと移動できない都市、言い換えれば自家用車を使うと移動が面倒になる都市へと、大改造している現場を見て大変驚きました。

スーパーブロック・プロジェクトが進行するバルセロナ市街(2022 年 吉村氏撮影)
歩行者化といっても、ただ歩道を増やす、というふうにはいかないですよね。
吉村 ウォーカブルといっても、子どもにとって楽しい歩行者空間と親子連れにとって優しい歩行者空間は違いますし、緑をたくさん植える歩行者空間など、さまざまなウォーカブルがありえると思っています。バルセロナのプロジェクトでは、自身が住んでいる地区を「どんな歩行者空間にするのかを話し合って決める」というのが特徴的だと思います。その話し合いに使われたのが、デジタルプラットフォームである Decidim というツールです。“ Decidim ”というのはカタルーニャ語で「私たちで決める」という意味ですが、文字通りこのツールを用いて住民から広く意見を募り、議論をしていきます。そこで、自分たちの近隣には緑をたくさん植えよう、という合意が形成されたとしたら議会に諮り、予算がつくことになります。
日本の場合には、まず開発計画が示されて、反対運動や集会が何度かあって、妥協点を探しながら既定路線として進んでいくことが多いです。
吉村 日本ではそうして進んできた、という経緯もあるわけですから、それを一概に批判することはできません。たしかにバルセロナでは Decidim というツールを利用して合意形成をスムーズに行い、大きなプロジェクトが進められていますが、それも市民が話し合いで物事を決めてきた、という歴史的経緯があってのことです。
まずはシチズンシップがあり、それを利便化するために有効なツールだった。
吉村 そうですね。仕事で夜にしか時間がとれなかったり、子どもがいて市役所に行けなかったりする人が発言できるように ICT を使う、という考え方が健全だと思います。
日本でもいくつかの都市で 日本語版の Decidim を導入していますが、このツールがあるから参加型民主主義にコミットしなさい、というのは本末転倒です。
吉村 その通りだと思います。海外での成功例があるからといって、同じシステムを日本に持ってきたから成功するとは限りません。ツールありきではないんですね。
ボトムアップでのまちづくりを実現するためにオンラインツールが用いられ、小さなコミュニティからジェイコブズのいう“地域のパッチワーク”が生まれていく、というのが理想的だということですか。
吉村 おっしゃるとおりです。

スーパーブロック・プロジェクトが進行するバルセロナ市街(2022 年 吉村氏撮影)