都市づくりに新たな視点「アーバン・サイエンス」の可能性
東京大学 先端科学技術研究センター 吉村 有司氏に聞く(2)

後編では、吉村氏の日本での研究に触れつつ、コミュニティと合意形成、当事者意識にもとづくまちづくりについて聞いた。そこでは、デジタルテクノロジーを手にする私たちの希望も示された。

吉村 有司(よしむら ゆうじ)
東京大学 先端科学技術研究センター 特任准教授
愛知県生まれ、建築家。2001年よりスペインに渡る。ポンペウ・ファブラ大学情報通信工学部博士課程修了(Ph.D. in Computer Science)。バルセロナ都市生態学庁、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年より現職。ルーヴル美術館アドバイザー、バルセロナ市役所情報局アドバイザー。国内では、国土交通省まちづくりのデジタル・トランスフォーメーション実現会議委員、東京都「都市のデジタルツイン」社会実装に向けた検討会委員、第 19 回全国高等専門学校デザインコンペティション創造デザイン部門審査委員長などを歴任。主なプロジェクトとして、バルセロナ市グラシア地区歩行者空間計画、ビッグデータをもちいた歩行者空間化が周辺環境にもたらす経済的インパクトの評価手法の開発など。データに基づいた都市計画やまちづくりを行う、アーバン・サイエンス分野の研究に従事。
目次
ジェイン・ジェイコブズの主張をデータで裏付ける
都市の経済活動についても分析されたそうですね。
吉村 スペインの銀行との共同研究の枠組みのなかで、スペインやEUの個人情報法に準拠しながらプライバシーには慎重に配慮した上で指標化されたカードデータにアクセスすることができました。そのデータを解析することによって、都市の経済活動について定量分析を行いました。
ジェイン・ジェイコブズは『アメリカ大都市の死と生』で、都市の活性化における一次用途の多様性の重要さを繰り返し主張しています。実際に分析されてみて、結果はどうだったのでしょう。
吉村 大枠としてジェイコブズの主張は正しかったということがデータで検証できたと思っています。ジェイコブズは、1960年代に都市の多様性の重要性を主張しました。それ以来、建築家やアーバンプランナーといった人たちは、多様性の重視ということを都市計画の命題とする一方で、多様性とは何か、という問いには誰も答えられていませんでした。また、多様性が市民にどのようなメリットをもたらすかについても、明示できていませんでした。僕の論文では、多様性を定義し、数理的に指標化する定量的な手法を提示しました。具体的な手法としては、まず都市を 200 メートル四方や 100 メートル四方といったように、切り取って考えます。その範囲内に、どのような種類の店舗が何軒あるのかをカウントしました。

都市多様性のマッピングの事例(吉村氏提供)
まず都市の賑わいというものを数値化して、経済活動との相関を調べられた、ということですね。
吉村 はい。そこに統計的有意性がみられました。このことから、多様性が高いエリアは経済活動も活発である、というジェイコブズの主張について、一定の検証と評価ができたと考えています。この研究は“ビッグデータを用いた都市多様性の定量分析手法の提案~デジタルテクノロジーでジェイン・ジェイコブズを読み替える~”という論文にまとめました。
日本での研究成果として、直射日光を避けて都市を歩行するルートを示す「HIKAGE FINDER」などを拝見しました。現在は、これまでの研究を深めつつ、国内のさまざまなプロジェクトで実装されているのでしょうか。
吉村 はい。これまでお話したなかでも触れましたが、僕の研究は科学(サイエンス)に基づいています。これまで、建築や都市計画、まちづくりというのは、技術、そのなかでも「社会技術」と呼ばれる分野の問題でした。僕は、有効なデータを取得して科学的な枠組みで分析し、社会実装するアーバン・サイエンス―― これは MIT でつくられた言葉ですが――を、アジアを拠点として、もっと普及させたいと思っています。
直近のプロジェクトには、他にどのようなものがありますか。
吉村 2022 年 12 月 15 日に“ビッグデータと機械学習を用いた「感性的なもの」の自動抽出手法の提案――デジタルテクノロジーで『街並みの美学』を読み替える――”という論文のプレスリリースを発表しました。私は、都市にとって美とは何か、ということにずっと関心を抱いてきました。美しさや美意識というのは主観的なものですが、それゆえに評価軸が定まらないまま都市の風景ができていく、ということが往々にしてありました。今回のプロジェクトは、そこにデータ分析を取り入れて、客観的な指標を提示する技術を開発しました。

街並みの美学の機械学習(吉村氏提供)
イメージが共有されにくく、印象論のまま語られていた分野に参照軸を与えたということですね。都市の美しさの基準については、どのように措定されたのですか。
吉村 戦後日本を代表する建築家の 1 人である芦原義信先生が 1979 年に『街並みの美学』(岩波現代文庫)という素晴らしい著作を書かれています。その本の中で、芦原先生はまず「ヨーロッパのシャンゼリゼ通りなどは景観が整っていて美しいのに、どうして日本の都市はこんなに醜いのか」という疑問を提起しています。そしてこの疑問に答えるために、都市の風景を形成する第一次輪郭線と第二次輪郭線という考え方を示します。第一次輪郭線というのは、建物そのものが形成する輪郭のことで、第二次輪郭線というのは、建物につけられた広告や看板などでつくられる輪郭のことです。そのうえで、シャンゼリゼ通りのように、第一次輪郭線がきちんと揃っていたりすれば景観は美しい、と論じます。一方、日本の都市は第一次輪郭線を形成する建物のファサードに広告や看板などをつけているせいで、不揃いな第二次輪郭線を形成している。景観が醜いのはそのせいではないか、ということです。
確かに、明治時代にロンドンのリージェント・ストリートを模して設計された銀座の中央通りも、現在はファストファッションの大規模看板ばかりが目につきます。
吉村 書籍では、芦原先生が自分で写真を撮って、ここが建築の第一次輪郭線、ここに広告があって第二次輪郭線が……ということを手作業で示されています。その作業は現在の技術を用いれば Google Street Viewからビッグデータを取得して、それを機械学習で物体検出の自動化ができますし、それに基づいて第一次輪郭線と第二次輪郭線を抽出することができます。このように、芦原先生の『街並みの美学』をデジタルテクノロジーで読み換える観点で論文を書き、国際論文誌「プシコロギア(SYCHOLOGIA )」で発表しました。
この研究の意義づけについて、ご自身ではどうお考えですか。
吉村 学問的には、都市の景観を美学の文脈に位置づけたことになります。建築、都市計画、まちづくりの分野では建築美や都市美といったテーマは古くから議論されてきており、それこそ最も歴史あるテーマの1 つでもあると思います。例えば建築においてはウィトルウィウスによってローマ時代に書かれた「建築十書」や、都市においては19世紀のカミロ・ジッテの都市論、最近では中島直人先生の「都市美」などが挙げられます。その一方で、美学の分野でも「美とはなにか?」という命題は議論されてきており、特に最近では「美そのもの」よりも「美的なもの」が論じられる傾向にあります。今回発表した論文では、まずはコンセプトのレベルにおいてそれら両分野をブリッジしたことが貢献の一つだと考えています。また、街路レベルにおける風景画像をビッグデータとして収集して、それをAIに分析させることによって都市における「感性的なもの」を指標化できたことも大きいのではないでしょうか。さらに、これまでは専門的かつ恣意的だった街の景観というものをわかりやすく可視化したことで、非専門職の人々にとっても自身の住む街を客観的に捉えなおしてもらう機会になったのではとも思っています。そうすることによって、みんなで一緒に街を育てていくきっかけにしてほしい、と思います。