半導体から読み解く現代テクノロジー入門
第2回:トランジスタとは何か?0と1が社会を動かす仕組み

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Author 伊藤 要介
IT批評編集部

半導体による「抽象思考」の具現化

人間は昔から、音楽を奏で、詩を詠み、絵を描いて、自分の感情や思考を他者と共有してきました。これらの行為には、単なる情報伝達を超えた「感じる力」「表現する力」「共感する力」が含まれています。つまり、言葉ではうまく言い表せない“抽象的な感性”を、音や色やリズムといったかたちで表現し、それを他者が受け取って共鳴するという営みです。

こうした感性の共有は、技術がなくとも可能でした。声や身振り、文字や紙といった道具を使い、空間や時間を共有できる範囲で人は感動や共鳴を分かち合ってきました。しかしその一方で、それらは物理的な制約にも縛られていました。たとえば、素晴らしい演奏を聴くには、その場に居合わせなければならず、詩や絵も原本がなければ味わえないものでした。

この制約を超える手段を私たちに与えてくれたのが、半導体を基盤としたデジタル情報処理の技術でしょう。

コンピュータは、音や映像、文字といった人間の表現を数値として記録・再現することで、時間と空間の制限を超えて感性を届けることを可能にしました。

たとえば、あなたの好きな音楽を思い出してみてください。あのメロディやハーモニーは、生演奏であれ録音であれ、本来は空気の波──つまり“音の振動”として耳に届いています。音は目に見えませんが、空間を揺らし、私たちの鼓膜を震わせることで、感情を呼び起こします。

コンピュータは、この“流れる空気の波”をそのまま理解することはできません。そこで行われるのがサンプリング(標本化)という処理です。これは、連続的に変化する音の波のある一瞬の高さ(振幅)を、一定間隔で測定し、数値として記録していくという方法です。

たとえばCD音質では、1秒間に44,100回、音の状態が測定されています。つまり、1秒ごとに44,100個の「音の高さを示す数値」が並んでいるイメージです。これにより、音の滑らかな流れを、非常に細かく“点”で捕らえることができるのです。

このようにして、連続した音の波は「たくさんの小さな数値の集合」に置き換えられます。そして再生の際には、その数値をもとに音の波を再構成し、スピーカーの振動を通じて私たちの耳に届けられます。

つまり、私たちがスマートフォンで音楽を聴くとき、その裏では「音の流れ」が「無数の数字」として保存・処理・再現されているのです。感情を呼び起こす音楽が、論理的な仕組みによって支えられていることは、デジタル社会の最も象徴的な出来事のひとつかもしれません。

画像や文字も同じように扱われます。

  • 文字 → 1文字ごとに割り当てられたコード(例:ASCIIやUnicode)で数値化
  • 画像 → ピクセルごとに色の明るさ・RGB値を数値で記録
  • 映像 → 毎秒数十枚の画像と音声を時間軸で圧縮し、連続データとして保存

ここで重要なのは、人間の感情や芸術そのものを数値にしているわけではないという点です。数値化されているのはあくまで、「感性を表現するかたち」──つまり音の振幅や色の値、文字の記号といった形式的な側面なのです。

この形式としての抽象を、機械が処理可能なかたちに変換し、保存・再構成・伝達を可能にしているのが、まさに半導体の力と言えるでしょう。

半導体の基本構成要素であるトランジスタは、電気のONとOFFという二つの状態しか持ちません。つまり、0か1か、通すか止めるか──その極めて単純な仕組みを、数十億個単位で高密度に組み合わせ、条件によって切り替えることで、私たちの「見る」「聴く」「読む」「感じる」という体験の“かたち”を再現しています。

この意味で、半導体は人間の抽象的な思考や感性を、そのまま処理するのではなく、「かたちとしての記述」に変換し、それを機械が扱える言語に翻訳する存在だと言えるでしょう。

そして今、私たちはそれらのデータをスマートフォンで再生し、クラウドに保存し、SNSで共有し、AIに解析させるという時代を生きています。曖昧で個人的だった感性の表現を、社会全体で“やりとりできるデータ”として扱えるようになったのです。

人が何かを感じ、それを伝え、他者が受け取り、共鳴する。その連鎖を、距離や時間、身体的制約を超えて実現する道具として、半導体は「人間の感性の拡張装置」になったと言っても過言ではないでしょう。

そしてこの「感性をロジックに乗せる」能力こそが、次に登場するAIや量子コンピュータといった技術に受け継がれていく、現代テクノロジーの土台なのです。

AIや量子コンピュータにつながる基盤技術

トランジスタによって実現された「0と1」による論理回路は、もはや古典的なコンピュータだけのものではありません。その基盤は今、AI(人工知能)や量子コンピュータといった次世代技術にも受け継がれ、新たな“思考の形”を支えています。

まずAIとは、ひとことで言えば「判断の自動化」の技術です。たとえばスマートフォンに話しかけて天気を尋ねたり、写真の中の人物を自動で分類したり、動画サイトでおすすめが表示されたりする裏では、AIが大量のデータからパターンを学習し、瞬時に「これは何か」「次は何が適切か」と判断しています。

その中核を担うのが「機械学習」、特に「深層学習(ディープラーニング)」と呼ばれる手法です。これは人間の脳の神経回路を模したニューラルネットワークと呼ばれる構造をもち、情報はその中を層状に流れながら処理されます。各層では数値が加算・乗算・活性化関数(条件判断)によって変換され、最終的な判断結果が導き出されます。

言い換えれば、AIが“考える”とは、何百万、何千万という演算を高速で繰り返しながら、入力された情報を精密に変換していく作業なのです。そしてその演算を支えているのが、論理ゲートとトランジスタによるデジタル回路です。1つの論理演算は、数個のトランジスタで構成されており、AIのような処理ではそれが数十億回単位で動いているということになります。

つまりAIとは、トランジスタを最小単位とするロジックの積み重ねによって、人間のような“判断”を模倣しようとする試みであり、数値とロジックによる「思考の再現」とも言えるのです。

一方、量子コンピュータはまったく異なる「論理のかたち」をしています。ここで使われる量子ビット(qubit)は、0でも1でもある「重ね合わせ」状態を持ち、複数のqubitが絡み合うと「量子もつれ」という状態が生まれます。

従来のコンピュータは、ひとつひとつの選択肢を順に試す「直列的な処理」が基本でした。たとえば100通りのパスワードを検証する場合、古典的な演算では1個ずつ順に確かめる必要があります。しかし量子コンピュータでは、すべてのパターンを同時に重ね合わせて処理することで、わずか数回の演算で正解に到達できるという特性を持っています。

これは“速い”というよりも、“あり方が違う”のです。AIが「条件分岐を無数に処理する装置」だとすれば、量子コンピュータは「可能性の全体を操作する装置」とも言えます。

ただし、このような量子状態は極めて不安定です。わずかな熱や振動、電磁波によって情報が壊れてしまうため、量子コンピュータの実現には、原子レベルでの絶対的な静寂と精密な構造制御が必要です。

ここに共通して登場するのが半導体技術です。

AIの演算では、何十億ものトランジスタが正確に、ミスなく、数GHzのスピードでON/OFFを繰り返す必要があります。これを支えるのが、ナノメートル単位で配線を設計し、電気の流れを最適化するIC製造の技術です。

一方、量子コンピュータでは、トランジスタのようなデジタル素子ではなく、超伝導体や光子、トポロジカル物質などの特殊素材を扱うことが多く、こちらもまたナノ単位の精度と環境制御が不可欠です。

つまり、AIも量子コンピュータも、それぞれまったく異なる原理で「思考のようなこと」をしようとしていますが、そのどちらも、極限まで精密な“物質の制御”を必要としているのです。

人類は「論理を物質で表現する」という革命をトランジスタで実現しました。そして今、AIという模倣された知能と、量子という全く新しい計算論理が、同じように物理的な装置の中で展開されようとしています。

つまり、私たちが考える「思考」や「知性」ですら、現代においては物質的な基盤=半導体なしには成立しないものになっているのです。

次回は、このような「思考を宿す物質=半導体」がどのようにつくられているのか、その製造プロセスに焦点を当てます。

「なぜ“製造”が難しいのか?──ナノスケールの世界で行われる半導体プロセス」と題し、フォトリソグラフィー、クリーンルーム、極紫外線など、原子の世界に近い精度で作られる知性の部品たちの背後にある精密技術の全貌に迫ります。

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