半導体から読み解く現代テクノロジー入門
第4回:半導体が国家の命運を握る──TSMCと地政学リスクの現在地

REPORTおすすめ
Author 伊藤 要介
IT批評編集部

半導体はもはや単なる電子部品ではありません。スマートフォン、クラウドサーバー、AI、自動運転・・・全てに必要不可欠な“頭脳”として、世界の産業と社会の根幹を支えています。だからこそ、それを「どこで」「誰が」「どうやって」作るか、そのこと自体が国際政治や安全保障の問題になってきています。

その象徴が台湾のTSMC(台湾積体電路製造)。世界最先端の半導体製造技術を有し、AppleやNVIDIAなども依存するTSMCの存在が、なぜ世界秩序を左右するほどの意味を持つのか。この会ではその背景と構造、そして米中対立や経済安全保障との関係まで、地政学と産業構造の接点を解説します。

目次

TSMCとは何か?

TSMC(台湾積体電路製造)は、もはや一企業の枠に収まる存在ではありません。AppleやNVIDIAなど、世界のテック企業が設計したチップの製造を一手に引き受ける、世界最大のファウンドリ企業──それがTSMCです。

1987年に台湾で設立されて以来、TSMCは世界で最も進んだ微細加工技術を有する企業として、5nmや3nmといったナノスケールの製造プロセスをいち早く商用化してきました。数十億個のトランジスタを1平方センチ未満の領域に刻み込む。そんな極限の技術を、量産レベルで安定供給できるのは、現時点で世界でもTSMCのみと言われています。

この高度な技術は、スマートフォンやクラウドサーバーだけでなく、自動運転車やAIチップ、スーパーコンピュータ、さらには軍事用電子機器まで、幅広い用途に不可欠です。つまり、TSMCは世界のあらゆる先端技術を支える“演算の土台”として機能しているのです。

だからこそ、TSMCが「どこにあるか」「誰がコントロールしているか」という問いは、単なるビジネス上の関心事ではなく、国際政治や安全保障の根幹に関わる問題へと変わりつつあります。

TSMCの主要工場があるのは台湾。環太平洋火山帯に位置し、地震のリスクを常に抱え、中国と海峡を挟んで向き合う地政学的に緊張の高い場所です。万が一、自然災害や台湾有事によってTSMCの生産が停止すれば、スマートフォンや自動車、サーバー、医療機器など、世界中の製品とサービスが次々に供給停止に追い込まれるおそれがあります。

実際、2020年のコロナ禍で一部のサプライチェーンが混乱しただけでも、各国で自動車の減産や家電製品の品薄が相次ぎました。あの混乱は、TSMC本体が止まったわけではありません。それでもあれほどの影響があったのです。もしTSMCそのものが停止すれば、その波及範囲は比較にならないほど深刻になるでしょう。

こうしたリスクを見越し、アメリカはアリゾナ州に、そして日本は熊本県にTSMCの工場を誘致しました。各国がTSMCとの連携を強化し、自国での製造体制を構築しようと動いているのは、まさに“経済安全保障”の一環に他なりません。

しかし、こうした動きが本格的に機能するまでにはまだ時間がかかります。現時点では、最先端の半導体製造の中核が台湾に集中しているという構造に変わりはなく、世界は今なおTSMCに“過度な依存”をしている状態にあるのです。

TSMCとは、単なるテクノロジー企業ではありません。その存在は、産業のあり方だけでなく、国家の戦略、そして国際秩序そのものに関わっている。いま、TSMCをめぐる動向は、「誰が未来を形づくるのか」を左右する最前線にあるのです。

ファブレスとファウンドリの構造

TSMCを理解するうえで欠かせないのが、半導体産業における分業体制です。かつての半導体メーカーは、回路の設計から製造、パッケージング、販売までをすべて自社で担う「垂直統合型」が主流でした。日本のNEC、日立、米国のインテル、IBMなどがその代表です。

しかし2000年代以降、製造工程の複雑化と設備投資の巨大化により、「設計はファブレス企業が、製造はファウンドリ企業が担当する」という水平分業モデルが定着しました。

ファブレス企業とは、製造工場(ファブ)を持たず、チップの設計を専門に行う企業のこと。AppleやQualcomm、NVIDIAなどが代表的です。彼らは自社の開発リソースを回路設計やアーキテクチャに集中させ、製造のインフラはTSMCのようなファウンドリに委託します。

ファウンドリ企業は、極限まで微細化されたプロセスで安定的に量産することが求められます。設備投資は兆円単位に上り、たとえばEUV露光装置(ASML製)の導入だけでも数百億円のコストがかかります。この超高額かつ超精密な製造インフラを支え、製造専門企業として世界をリードしているのがTSMCです。

この分業体制の最大のメリットは、ファブレスがスピーディに設計革新を進める一方、ファウンドリが製造に専念することで、それぞれの技術力を最大限に発揮できる点にあります。実際、このモデルはAI・5G・IoTといった次世代領域の飛躍的な発展を支えてきました。

ただし、この構造には深刻な課題もあります。先端ノード(7nm以下)を製造できるファウンドリは、世界にTSMCとSamsungしか存在せず、TSMCのシェアは90%超。つまり、世界の設計会社の多くが、実質的に“TSMC一社”に製造を依存しているのです。

たとえばAppleのiPhone用チップ(Aシリーズ)はすべてTSMCが製造しています。NVIDIAのGPUやAMDのCPUも同様です。仮にTSMCの製造ラインが一時的に停止すれば、これらの企業の出荷計画は直ちに狂い、世界の端末供給にも多大な影響を及ぼすことになります。

製造と設計を分離することで進化してきた半導体産業ですが、その構造が逆にボトルネックを生み、地政学的なリスクの温床ともなっているのです。

半導体サプライチェーンの脆弱性

TSMCという企業が世界のテクノロジー産業の中核を担っていることは、ファブレスとファウンドリによる分業体制を見れば明らかです。しかし、TSMCの存在感を支える背景には、驚くほど複雑かつ繊細なサプライチェーンの構造が横たわっています。実際のところ、最先端の半導体チップを一つ完成させるためには、数十の国と数百の企業が関与しており、そのどこか一つでも問題が起これば、全体の生産がストップする可能性があるのです。

たとえば、設計は米国(Apple、NVIDIAなど)、製造装置はオランダ(ASML)や日本(東京エレクトロン、ニコン)、素材は韓国(高純度フッ化水素)、フォトレジストは日本(信越化学、東京応化工業)など、半導体製造は「グローバル分業の極致」とも言える構造を持っています。さらに、組立や検査はマレーシアやベトナム、最終製品への組み込みは中国など、工程は十数ヶ国にまたがり複雑に絡み合っています。

この構造は、一見すると効率的でグローバル化の成功例のようにも見えます。しかし、それは同時に“どこか一箇所が止まれば全体が止まる”という、極めて高いリスクを常に孕んでいるということでもあります。実際、2020年以降の新型コロナウイルスのパンデミックでは、工場の一時閉鎖や物流の混乱が相次ぎ、世界的な半導体不足が発生しました。その影響で、自動車メーカーは大幅な減産に追い込まれ、スマートフォンやゲーム機も出荷の遅延が続きました。

このとき明らかになったのは、半導体が“特定製品のパーツ”という位置づけを超えて、“すべての製品の前提条件”となっているという事実です。半導体がなければ、自動車も作れず、通信機器も動かず、社会インフラそのものが機能不全に陥る。いまや製造業の全体が、ひとつの小さな電子部品に依存する構造へと移行しているのです。

その中核にあるTSMCのリスクは、単に台湾に集中しているというだけではありません。たとえば、先端製造に不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置は、オランダのASML社にしか製造できず、TSMCはこれを数百台規模で導入しています。もし仮にTSMCの工場が自然災害や軍事的衝突で破壊され、これらの装置が使用不能となれば、すぐに代替できる体制は存在しません。EUV装置の製造には時間も費用もかかり、再建には数年単位を要するのです。

加えて、台湾海峡の緊張が高まる中、中国が台湾を実効支配するシナリオが現実味を帯びれば、半導体サプライチェーンは“経済的な人質”として使われる可能性も否定できません。これは単なる製造や供給の問題にとどまらず、世界秩序のバランスそのものを左右する問題へと発展する恐れがあります。

このように、半導体のサプライチェーンは地理的にも機能的にも分散しているように見えながら、実際は非常に限定された国や企業に“極度に依存”しており、その脆弱性は決して小さくありません。半導体は技術革新の根幹であると同時に、国際社会の“アキレス腱”にもなり得るのです。

では、このリスクに対して各国はどのような対策を講じているのでしょうか。

1 2