半導体から読み解く現代テクノロジー入門
第1回:半導体とは何か?現代テクノロジーを支える“目に見えない心臓部”

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Author 策間 漂介
IT批評編集部

スマートフォン、自動車、医療機器、インターネット、そして人工知能――現代のあらゆるテクノロジーの裏には、必ずと言っていいほど「半導体」が存在します。しかし、この言葉が意味するものを正確に説明できる人は多くありません。「半導体不足」が社会問題になることもあれば、「半導体技術で覇権を握る国」などと地政学のキーワードとしても登場する半導体。その正体は一体なんなのでしょうか。

「半導体とは何か?」という根本的な問いから出発し、その物理的性質、素材としての重要性、そして現代社会における戦略的位置付けまで、順を追って解説していきます。

目次

なぜ「半導体」が必要か?(導電体と絶縁体の中間的性質)

電気が「通る」とはどういうことかというと、まず前提として、電子機器は「電気が通るかどうか」を制御して動いています。もっと言えば、“電子がどこにいるか、どう動くか”を操ることで、情報のON/OFF、すなわち「0」と「1」を作っているのです。

そして、その「電子の動き方」は、物質によってまったく違います。

  • 導体(例:銅、銀):電子が自由に動く → 電気がよく通る
  • 絶縁体(例:ゴム、木、ガラス):電子がほとんど動けない → 電気が通らない
  • 半導体(例:シリコン、ゲルマニウム):条件次第で電子が動く

この3つの違いを決定づけているのが、「バンドギャップ(Band Gap)」と呼ばれる物理的な特性です。

バンドギャップとは何かというと、物質の中では、電子がある特定の“エネルギー領域”にしか存在できません。主に2つ、「価電子帯(valence band)」と「伝導帯(conduction band)」があります。

  • 価電子帯:電子が束縛されている状態(電流を流せない)
  • 伝導帯:電子が自由に動ける状態(電流を流せる)

この2つの領域の間には“隙間”があり、それが「バンドギャップ」です。もし電子がこのギャップを越えて、伝導帯にジャンプできれば、電気が流れます。

導体(銅など)はこの隙間が存在しないため、電子はスルスルと動き回ります。逆に絶縁体はこのギャップが大きすぎて、電子がほぼ動けません。半導体はその中間。ギャップはあるけれど、“ちょっとした外部エネルギー”──たとえば熱や光、電圧──を加えることで、電子がジャンプできるくらいの絶妙な高さなのです。

なぜ半導体が「すごい」のかというと、このジャンプできる絶妙な高さという性質があるからこそ、半導体は「スイッチ」として機能する点なのです。

電圧をかけることで、電子をジャンプさせて電流を流す──つまり、必要なときだけ電気を通す。これが「スイッチング機能」であり、トランジスタやロジック回路の根幹です。

たとえば、私たちのスマホの中には、何十億個というスイッチ(トランジスタ)がぎっしり詰まっています。それぞれが電子を流す/止めるを繰り返し、情報を計算・記憶・出力しています。驚くべきことに、すべて“電子の動き”という、目に見えないレベルで起きていることなのです。

現在半導体における主流素材であるシリコンは、バンドギャップが約1.1 eV(電子ボルト)です。これは常温でもある程度のエネルギーが加われば、電子がジャンプできる「ちょうどよい高さ」であり、制御がしやすく、安定して使えるという意味です。

しかも、シリコンは地殻に豊富に存在し(砂の主成分)、加工技術が確立されているため、安価かつ大量生産に適しています。こうして“電子の通り道を設計する”ことが、産業として成立してきたのです。

要するに、半導体とは「自動で切り替わる踏切」のようなもので、信号(電圧)を受けると道が開き、電子が通る。必要がなければ止める。それが1秒間に何億回も繰り返されているようなものです。

だからこそ、半導体は単なる「電気を通す素材」ではなく、「情報を制御するプラットフォーム」となるのです。

このように、電子の流れを制御するという“能力”を持つ素材ですが、実は「どんな半導体素材を使うか」によって、制御のしやすさ、スピード、耐久性などは大きく変わります。

なぜ“素材”が未来を決めるのか?

「半導体は電子の流れをコントロールする素材」であり、その根幹に「バンドギャップ」という概念がわかると次の問いとして浮かんでくるのが、「なぜシリコン以外の素材が必要なのか?」ということではないでしょうか。

シリコンだけではダメなのか? なぜガリウムヒ素(GaAs)や炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)など、複数の素材が開発されているのでしょうか?

その答えは非常にシンプルです──「得意分野が違う」からです。

半導体素材とは、たとえて言えば「アスリート」のようなものです。スプリンター、マラソンランナー、柔道家、フィギュアスケーター……それぞれに得意とするフィールドがあるように、半導体素材も、用途に応じて最適解が異なります。

この違いを決定づけるのが、主に次の2つの物性値になります:

  • 電子移動度(mobility):電子がどれくらい速く動けるか
  • バンドギャップ(band gap):どれくらい高温や高電圧に耐えられるか

言い換えれば、電子移動度は「スピード」、バンドギャップは「タフさ」です。この2つの能力のバランスが、素材ごとの“キャラ”を決めています。

代表的な素材の特徴と、各素材が活躍する分野

シリコン(Si)
電子移動度
〜1,400 cm²/V·s
バンドギャップ
約1.1 eV
活躍分野
量産性・加工性に優れるため、あらゆる汎用機器(PC、スマホ、家電)に最適
ガリウムヒ素(GaAs)
電子移動度
〜8,500 cm²/V·s
バンドギャップ
約1.4 eV
活躍分野
超高速な電子移動という特性から、高速通信(5G基地局、衛星通信、赤外線レーザー)に最適
炭化ケイ素(SiC)
電子移動度
〜650 cm²/V·s
バンドギャップ
約3.2 eV
活躍分野
高電圧・高温環境に強い特性から、電気自動車、インバーター、太陽光発電などに向く
窒化ガリウム(GaN)
電子移動度
〜2,000 cm²/V·s
バンドギャップ
約3.4 eV
活躍分野
高速スイッチング・小型化に優れている特性から、5G通信機器、高速充電器、航空宇宙機器に適用

たとえば、あなたが使っているスマートフォン。その中では、ディスプレイ、CPU、通信モジュール、バッテリー制御など、それぞれ異なる要件があります。すべてをシリコンだけで賄おうとすると、どこかに無理が出ます。だからこそ、素材の“適材適所”が重要になるのです。

半導体の設計とは、単にチップの回路を考えることだけではありません。そもそも「どの素材を使うか」という選択からして、性能・消費電力・耐久性・価格などの全てに影響を与えます。

たとえば電気自動車(EV)では、モーターを高効率で制御するために、より高電圧・高温に耐えるパワー半導体が必要になります。その場合、従来のシリコンよりもSiCやGaNが適しているのです。

これは、エンジンの素材を鉄からアルミやカーボンに変えるのと同じくらい重要な変化です。

これまでの“量産時代”では、価格と安定供給が重視され、シリコン一強の時代が続いてきました。しかし今、社会全体の要求水準が変わってきています。

  • 5G・6G通信の急激なトラフィック増加 → 高周波対応が必要
  • 電気自動車の普及 → 高耐久・高電圧制御が必須
  • 再生可能エネルギーの導入 → 電力変換効率が求められる

こうしたニーズに応えるには、従来のシリコンだけでは不十分。だからこそ、素材のアップデートこそが次のイノベーションの“地ならし”となっているのです。

素材によって性能が変わるということが理解できてくると、それらの素材をどう活かして「情報を処理する部品」にするのか?という疑問が出てきます。 その中心にあるのが、トランジスタという発明になります。

トランジスタの仕組みと役割

「素材によって性能が変わる」という視点は、半導体技術を理解するうえでとても大切になります。しかし、その素材をどうやって“情報処理”に活かすのか──そこに登場するのが、電子機器の心臓部とも言える「トランジスタ」です。

トランジスタとは、電子の流れをコントロールするための極めて小さな部品です。現代のコンピュータやスマートフォン、テレビ、冷蔵庫、人工知能チップ、さらには宇宙探査機まで、ほとんどすべての電子機器の中にこの部品が存在しています。

トランジスタのもっとも基本的な役割は、「スイッチ」として機能することです。

たとえば、あなたの家の水道蛇口を思い浮かべてください。蛇口をひねれば水が出て、閉めれば止まりますよね? トランジスタは、電子の流れに対して同じような働きをしています。

電子の“蛇口”となるのが、主に「MOSFET(モスフェット)」と呼ばれるタイプのトランジスタです。これは3つの端子を持ちます:

  • ゲート(Gate):蛇口のハンドル部分。ここに電圧をかけると「開く/閉じる」を制御
  • ソース(Source):水道の蛇口の「入口」
  • ドレイン(Drain):電子が出ていく「出口」

このゲートに電圧をかけると、ソースからドレインへ電子が流れるようになります。電圧を切れば流れない。これが「0」と「1」の切り替え、つまり“デジタル信号”の源泉です。

トランジスタにはもうひとつの重要な役割があります。それは「増幅」です。

小さな入力信号を、より大きな出力に変換する。これによって、微弱な音声信号をスピーカーで大音量にしたり、心電図のような小さな電圧を検出したりすることが可能になります。

この“増幅機能”こそが、アナログ回路の基盤を支えています。トランジスタは、デジタルでもアナログでも、あらゆる「信号の仲介者」として働いているのです。

“増幅機能”は1947年、アメリカ・ベル研究所でショックレー、バーディーン、ブラッテンの3人によってトランジスタは発明されました。それまでは「真空管」が使われていたのですが、大きく、壊れやすく、消費電力も大きかったのです。

トランジスタはそれを、

  • より小さく
  • 壊れにくく
  • 消費電力が少なく
  • 大量に量産できる

という形で完全に置き換えてしまいました。この技術革新が、現代の小型電子機器やパソコン、携帯電話の基礎をつくりあげたのです。

現代のCPUやAIチップの中には、10億〜1000億個単位のトランジスタが搭載されています。それぞれが独立したスイッチとして、0と1の信号をものすごい速さで切り替えています。

たとえば、「この画像はネコかどうか?」とAIが判断する。そのプロセスのすべては、トランジスタがONとOFFを繰り返す「電子的な論理」の積み重ねでできています。

トランジスタがなければ、AIもスマホもインターネットも存在しません。まさに文明を支える“目に見えない革命”なのです。

さてここまで読んできて、「なぜトランジスタをもっと小さくする必要があるのか?」という疑問が湧いたかもしれません。

理由はシンプルです──小さくすれば、1つのチップにより多くのトランジスタを詰め込むことができるのです。すると、処理性能が上がり、消費電力が下がり、デバイスが進化します。

この「トランジスタの小型化」こそが、半導体技術の進化を長年支えてきた原動力です。そして、それを指針として示したのが、あの有名な「ムーアの法則」です。

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