AIが拡げる生命科学の可能性─藤田医科大学教授・八代嘉美氏に聞く
第2回 テクノロジーは生命と倫理を変えるのか
生命とはなにかという最大の問題
気の早い人は、CRISPR-Cas92などの遺伝子編集技術とDNAプリンタ、それにタンパク質合成技術で人工生命体ができるような話をする論者もいます。
八代おそらく人工生命体のようなものをつくることは可能だと思います。ただしタンパク質があって、それが分化したり分裂したりできる細胞をみても、それを生命だと思う人と思わない人との両方がいると思います。
そうなると、そもそも生命とはなにかという問いに立ち戻ってきます。
八代 無機物であっても、生命的な作動をすれば、それを生命であるかのようにみることもできます。
2023年2月に本サイトでインタビューさせていただいた池上高志先生は、水の中のオレイン酸の油滴を生命的なもののアナロジーにされています。
八代明らかに無機物のシンプルなものであっても、動きとしては生命のようにもみえることもありますね。
オートポイエーシス3は細胞が当たり前にしていることですし、免疫作用も同じように捉えることができます。しかし、そこに生命の正体を求められるかというと、それは万人が認められるものではありません。
八代そうすると、なにが生命なのかというコンセンサスの問題になります。分裂や栄養を摂ることがディスプレイのなかで展開していても、それを生命だといわれて納得するかどうか――だれがそれをそう規定しているのか、ほかの人はどう思うのかということになってしまいます。合成されたものであれば、生命的な動きをしていても、ある人にとっては生命でも、ほかの人にとっては生命ではないことになってしまいます。
ライフゲーム5などのセル・オートマトン4を見るのと同じですね。
八代そうだと思います。アルゴリズムを知っている人にとっては生命のように見えますが、そうしたことに縁がない人にライフゲームを見せて生命だといっても、ドットが分かれて動いているだけに見えてしまいます。
乱数を出すプログラムと変わらなく見えてしまう。
八代見ている人が、そこにどれだけの解像度や情報量を読み込めるかという主観の話になってしまいます。