筑波大学名誉教授・精神科医 斎藤環氏に聞く
第1回 AIは無意識を持つか
深層学習が、医学全体からみると役に立つこともあるでしょうか。
斎藤 役に立つ分野もあると思います。私からすると機械学習もしょせんは高度なパターン認識の一種だと思えますが、それでも学習に近いことをしていることは確かです。その意味では、医学領域でこれをフル活用すれば人間以上に素晴らしい診断能力や遺伝子解析、特に癌の遺伝子標的治療などで適した薬を発見するなど、さまざまな可能性を持っていると思います。もちろん100%AI任せにはできませんが、超優秀なアシスタントして活躍してくれるでしょう。
人の心にかかわる精神医学の分野は人文知に近いところもあるかと思いますが、AIの応用は難しいでしょうか。
斎藤 一定のパターンがある認知行動療法的な意味での使い勝手は悪くないと思います。チャットボットのように、この質問に対してこの回答を返すという機能はAIの得意とするところですから。その意味では、人間以上に適切に回答するようなシステムは容易に開発できると思います。私の専門はひきこもりですが、その家族相談には一定のパターンがあります。それをデータベース化してAIに学習させれば、優秀なチャットボットサービスとして支援にも応用ができると思います。
ロールシャッハテストには回答に一定のパターンがあるように思えますが、そこにAIを応用することはできないでしょうか。
斎藤 ロ・テストはけっこう複雑な投影法のテストなので、パターン認識だけでは難しいでしょう。被験者が図をみて、どういう回答が出てくるのかはパターンでは予想できません。その回答にその人が持ってるコンプレックスなどの無意識的な特徴が投影されると考えるわけです。回答を出力することも、それを解釈することも、人間でなければ難しいと思います。どんな解釈をしたかについて定量的なパターン分析はある程度は可能かもしれませんが、100パーセントAIに委ねるのは難しいと思います。
回答に基づいたセッションがあることを前提としているのですね。
斎藤 精神療法的な意味もありますから、それを並行して行うのは厳しいだろうと思います。ただ、MMPI3やPFスタディ4のように、人工知能によって効率化できる心理検査は多くあるとは思います。
脳科学に大きな期待が寄せられていた時代には、ラマチャンドラン5が精神医学は脳科学の一分野になることを断言したりもしていました。最近は無意識について注目が集まったり、なにもかもを脳が解決しているわけではないことが知られたりして、精神分析が再び注目を集めるようになっているようです。
斎藤 臨床現場であまり使われていないという意味では、精神分析は精神医学のなかでマイナーな位置付けになります。ただし、批評や思想の面においてはまだまだ有効です。基本的に、哲学は欲望、とりわけ性欲については機能不全に陥りやすいでしょう。哲学にとってセクシュアリティはノイズでしかありませんから。その意味では、いまのところ精神分析だけが欲望を解析する唯一のツールだと思います。