筑波大学名誉教授・精神科医 斎藤環氏に聞く
第1回 AIは無意識を持つか

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

無意識は言語的に構造化されている

フロイト的な深層心理の不在がいわれた時期もありましたが、AIや脳科学において意識を科学的に捉えようとする趨勢のなかで、無意識が再びクローズアップされてきています。

斎藤 無意識の存在を前提として分析をしたほうが、深い解釈が可能になる事象は多くあると思います。ただし精神分析が過大評価されていることもあります。人間の心理には行動経済学的な考えかた、つまり浅い認知バイアスなどで説明がつく部分も多分にありますから、そうしたところまで無意識で説明しようとするのは解釈過剰になってしまう。あるいは今後、人間という存在が無意識的なものを前提にしなくても理解しやすい存在へと変わっていく可能性もゼロではないとも思っています。

後期のフロイトの著作を読むと、仮説としての無意識というものは、ないと考えるほうが不合理だという、ある種の否定神学的な書きかたがされています。そこにAIなどの計算科学がリーチしていくのは難しいということでしょうか。

斎藤 そうですね。AIは自然言語を扱っているかのような作動はしていますが、本質的には言葉がわかっていません。ラカンのいうように、無意識というのは言語のように/として構造化されたものですから、言語の意味がわからないAIには無意識を理解することはできません。ちなみにここでいう構造化とは、ラカン的には「父の名」という一種の欠如によって象徴界の構造が安定することを意味しています。AIを動かす機械語には、こうした構造はありません。だから意味が理解できないのです。

先生は、90年代ごろに社会の言説が心理学化していることを指摘されていましたが、最近は脳科学や認知科学として心理学的な言説がまたもてはやされているようです。

斎藤 心理学で得られた成果を脳科学という装いで解説するような行為がもてはやされているように思います。心理学ブームは2000年代で終わりましたが、いまは脳科学という看板で同じことを解説してみせる状況だといっても差し支えないと思います。

脳科学といっても、脳の中でなにが現象しているのかはわかっていないわけですよね。

斎藤 脳科学は日進月歩をうたっていますが、いまなお人間の社会文化的な行動を、直接的に、人間の脳の活動から説明することに成功していません。いま脳科学者がいっていることのほとんどは、マウスの実験などを通じてわかったことを、アナロジーとして人間に当てはめているにすぎません。その意味では、いまはまだ人間理解の上で、役に立つツールたりえていないのが現状です。ただアカデミアのなかでは研究費の配分も重要ですから、脳科学が役に立つことをアピールしないと、研究費が獲得できません。ですから脳科学の成果をジャーナリスティックに喧伝する脳科学者がいたとしても、だれもそれを批判できない状況があるのだと思います。

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