読売新聞とNTTの共同提言についてクロサカタツヤ氏に聞く
(2)議論できるトップマネジメントがいない会社には参加資格がない
データの扱いをどうするのかという重い宿題
桐原 提言のなかにもあったこのB2B2X1の真ん中のBの企業の方々は、この提言を読んで、危機感というか、自分たちも考えなきゃみたいな動きはありましたか。
クロサカ B2B2Xのビジネスモデルはつまりプラットフォーム構造なんですけど、これ自体が実は生成AI以前に理解が難しい話なんです。NTTはずっと以前からB2B2Xと言っていますけれど、この概念自体が難解であると社会には受けとられているように思います。ただし、もはや自分たちだけで完結してテクノロジーをつくったり使ったりはできない。なので、バリューチェーンを理解できないと、 結局リスクの正体も理解できないですよということを言っているわけです。このような「日本社会が解いていない宿題」が、生成AIの問題の前に横たわっているっていうことのメッセージのひとつでもあるんです。「我が国は、こうした戦略性のある、体系的なデータ政策を有しておらず2」と書いてありますが、個人情報保護法も含めて十分に機能していないのではないか、という問題意識があります。
桐原 このB2B2Xのくだりを読んだ時に頭に浮かんだのが「IT批評」でも以前、とりあげたJR東日本の監視カメラ問題でした(JR東日本の監視カメラ問題で露呈した「総括しない日本」)。監視用のAIカメラをつくる会社があって、それを使うJR東日本があって、ユーザーがいてという関係のなかで、問題が起きたときに責任の主体が有耶無耶になる。JRはどこのカメラなのか言わない、提供側も自分たちがつくったとは言わせないみたいな構造なのかなと思ったんですけど。
クロサカ そうですね、個人情報保護の話でもありますし、製造物責任の話でもありますし、フィデューシャリー・デューティ(受託者責任)3の話でもあります。フィデューシャリー・デューティは金融の世界では割と一般的な言葉ですが、サービス一般でデータを扱うとなった瞬間に、議論が急に茫漠になっていくのが日本の特徴であり課題だと思います。AIは、生成AIであってもなくても、基本的にデータを学習して成長していくものには変わりない。ところがそもそも日本社会にとって、あるいは日本人にとってデータとは何なのかについて何も議論されてこなかった。そこに生成AIブームがやってきたのが現在の状況であり、やらなければならない宿題が積みあがりまくっているということを提言には滔々と書かれている訳です。
テクノロジーの議論で欠落していた人間を洞察する哲学
桐原 今後のアクションについてはどう考えられていますか。
クロサカ この三者の枠組みでの検討は継続します。6月ぐらいになると思いますが検討再開です。さらに、慶應義塾大学でも尊厳(ディグニティ)に関する新たな研究拠点を作って検討をさらに加速させようと準備しています。自由や権利といった概念の今回をなす尊厳にきちんとフォーカスを当てた検討をしていこうという動きです。AIの進化はもう止まらないですし、それ以外のデータエコシステムもそうですし、あるいはアテンションエコノミーとかソーシャルメディアであるとか情報の過剰摂取を検討することになります。
桐原 新たに検討の仲間を募るのですか。
クロサカ センター自体は本件以外にも様々なアジェンダを想定しているので、多くの方にご参加いただきたいと思います。共同提言の取組自体はその一部で、僭越な物言いですが、こうした議論に直接対応いただけるトップマネジメントに参加いただくべきと考えています。
桐原 おっしゃる通り、こういう動きを見て、なんか世の中に寄り添うようなかたちでついてくる企業が多いってことも見越しているということですね。テクノロジーの議論のなかでこうした哲学的というか、人間を洞察する視点が欠落しているなと思っていたので本当に面白いなと見ています。ヨーロッパのGDPR(General Data Protection Regulation=EU一般データ保護規則)の真似ではなくて、日本社会に根差したオリジナルなことをやっていこうということですね。
クロサカ 政府の動きを否定するわけではありませんが、日本社会に責任を持っている人間として、「私たちは何が欲しいのか」、あるいは「こういう社会になって欲しい」ということは、誰しもが発言できるはずです。日本の企業のなかでもトップにいる方々が自分の言葉で技術や思想を語ることが本当に重要なことだと思います。
桐原 それこそ生成AIの時代という人類史上経験したことない時代のなかで、そういうリーダーシップや見識や教養がない人たちが世の中を動かしてしまうともっと危ないことになるという意味では、この提言の重みを感じます。
発信者の実在性と信頼性を技術で担保する
桐原 提言自体は政策に反映させることがゴールではないんですよね。
クロサカ 採用されること自体は歓迎しますが、政策に使ってもらいたいから考える、ということではないですね。
桐原 提言のなかの「自由と尊厳を守るための言論空間の確保に向けた法規制と対処する技術の導入」のなかで、クロサカさんが関わられている「オリジネーター・プロファイル4」が技術的な担保として言及されています。
クロサカ NTTと読売新聞社のいずれもオリジネーター・プロファイルの当事者ですし、その思想を少しでも考えるきっかけをここで 持ってほしいと考えました。どういうことかというと、ファクトチェックというのは極めて困難だという前提からスタートしているのがオリジネーター・プロファイルの思想です。何が嘘で何が真実かということは、込み入った論点になればなるほど、状況依存的であり間主観的であって、最後は自分の頭で考えるしかありません。一方、外形的に「これは読売が書いたんですよ」「朝日新聞が書いたんですよ」「NHKではないですよ」という検証は可能です。これは生成AIに対してのスタンスも同じで、どう技術が改善したとしても、生成AIはやっぱり自信たっぷりに嘘をつくわけです。何を基にして情報を吐き出しているのかという以上のことは、自分の頭で考えるしかない。 でも、言論とはそういうものなんだというメッセージを込めました。