議論できるトップマネジメントがいない会社には参加資格がない
読売新聞とNTTの共同提言についてクロサカタツヤ氏に聞く(2)

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

後半では、提言の内容が前例のないほど直裁な表現で書かれたことの意味や、それを日本を代表する企業が発信したことのインパクトについて訊いた。これまでのテクノロジーに関する議論で欠落していた視点がなんだったのかを浮き彫りにする。

クロサカ タツヤ

クロサカ タツヤ

株式会社 企(くわだて)代表取締役、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授。1975年生まれ。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)修士課程修了。三菱総合研究所を経て、2008年に株式会社企を設立。通信・放送セクターの経営戦略や事業開発などのコンサルティングを行うほか、総務省、経済産業省、OECD(経済協力開発機構)などの政府委員を務め、政策立案を支援。2016年からは慶應義塾大学大学院特任准教授を兼務。著書に『5Gでビジネスはどう変わるのか』(日経BP)。その他連載・講演等多数。

【生成AIのあり方に関する共同提言】

目次

生成AIを法で御することの難しさ

桐原永叔(以下、桐原) ローレンス・レッシグは人々の行動を制約する要素を法律、市場、社会規範、アーキテクチャという4つで説明しました。生成AIがもたらす危機について対処するには、いまのところはイノベーションをどんどん進めることでベネフィットが高まるとすると市場から制約は考えにくいわけで、AIリテラシーを高めて社会規範でコントロールか、システムの仕組みであるアーキテクチャーでコントロールするか。でも変化のスピードが速すぎて、社会もついていけない、技術もついていけないとなると、やはり法規制による制約しかないのでは?というふうに話をうかがっていて考えていました。

クロサカタツヤ(以下、クロサカ) 考え方としてはその通りなんですが、大きな課題は、立法には時間がかかるということです。法律ができた暁には一定程度それを機能させることは可能だと思います。ただ、普通に考えると、それこそ民主主義的な正しい手続きを経るならば、これを半年とか1年でつくることは不可能で、どんなに寝ずに頑張ったとしても、最速で2年、普通に丁寧に議論するんだったら3年から5年はかかる話です。そう考えると間に合わないんですよ。じゃあ諦めて何もかも無駄だとアパシー(無関心、無反応)になるのか。それともやれることやろうぜと言うのか。つまり、課題意識をまず持ってもらい、法律をつくるだけではなく、X(旧twitter)のインプ稼ぎを刑法の偽計業務妨害で摘発するように、既存の法律を使うこともできるわけです。そういう意識を持ちながら、では生成AIをどういう風にわれわれは手懐けていけばいいのか、急いで議論しなければいけないということなんだと思います。議論して一定の方針を定めるということは法律よりも早くできるはずですから。

桐原 それを政府ではなくて民間が提言しているところが重要ですよね。

クロサカ 本来であれば政府がリーダーシップを取るべきところなのかもしれませんが、民間企業は民間企業なりに責任を持っているから、その責任を市民社会のなかでちゃんと果たそうというのが今回の提言の主旨です。日本では珍しい試みだと思います。私も当事者として関わったから理解できているのであって、仮に関わっていなかったとすると、どうしても「商売の意図があるんでしょう?」とゲスの勘繰りをしちゃうわけです。でも、そこじゃない。

桐原 私もクロサカさんの名前を見なかったら、少しそういう目で見ていた可能性が高いと思います。

クロサカ 今回の提言の特徴は、NTTと読売新聞グループ本社のトップマネジメントが直接主導したということにあると思います。日本の企業社会だとこういう議論は「下々に任せて事務局が回していく」のを私自身もよく見かけますが、今回はトップマネジメントが指名した数名の経営幹部以外は誰も入れていません。アジェンダをつくるとか、有識者を呼んでくるとか、準備するところは慶應が担当しましたけど、議論は俺たちがガチするから、ということになったんです。

桐原 なるほど、それで腑に落ちました。実は提言を読んで、ふんわりしたところがなく、具体的な提言だなと思っていました。

クロサカ 僕がいちばん最初にドラフトにしたものがふんわりしていて、会長、社長という方々から「もうちょっと踏み込め」「直接書く」と言われました(笑)。

桐原 生々しくて骨っぽくて激しいことが書いてありますよね。

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