オズールジャパン代表 楡木祥子氏に聞く
(1)テクノロジーが福祉にもたらすもの
テクノロジーと福祉のジレンマを超える
20歳で列車事故で両足と右手を失われた会社員・Youtuberの山田千紘さんが、貴社のアンバサダーをされていますが、山田さんとはどういう経緯で出会われたのですか。
楡木 当社の製品は、飾りものではなく使ってこそ価値がわかるのものです。義肢は補装具でありつつ、合う合わないなどもあって、だれでもなんでも使えるというわけではありません。山田さんは手術後、国立リハビリテーションセンターに入所していました。山田さんが就職して5年ほど経ってから、会う機会がありました。彼は障害者総合支援法のもとで支給された義肢を使って家と仕事場を往復する生活を送っていました。
山田さんの著書『線路は続くよどこまでも』(廣済堂出版)には、労災認定がおりなかったことや体幹に障がいがなかったことで、希望するスペックの義肢を利用できなかったことが書かれています。
楡木 税金を使う以上、ある程度の線引きは必要だとは思います。しかし若くて仕事もしているのに、厚生労働省にも認められて販売もされている義足をつかえないということには大きな疑問を抱きました。実際に会って、山田さんからはさまざまなことにチャレンジしたいというパッションを感じましたから、アンバサダーとして当社の製品を貸し出すことにしました。そこには、障がいを持ちつつ社会復帰をしている人について、もっと寛容になってほしいという願いもあります。
日本と海外とでは、福祉の考えかたにもギャップがあるのでしょうか。
楡木 海外では、社会に復帰する人の福祉は最優先されます。GDPにも貢献しますし税金も納めることになりますから、義足についてもよいものが提供されます。また子どもの面倒をみたり、親の面倒をみたりといった社会的活動についても考慮されます。
山田さんは昨年、義足での富士山登頂に成功されました。
楡木 彼がYoutubeチャンネルを開設して登録者数が10万人になったときに、次にどんなチャレンジをしたいかを聞いたところ、日本で1番高い富士山に登ってみたいと言いました。私自身、富士山に登ることにどんな意味があるのかを考えてみました。そこで思い至ったのは、富士山に登ることは、困難であるにせよ日常生活の延長線上にあるということでした。山田千紘個人の夢を叶えるというよりも、日本中の障がい者のチャレンジへの夢を絡めることができると思ったので、応援することにしました。特殊な義足が必要なわけではなく一歩一歩の積み重ねで富士山頂までたどり着くことができる――これは実際に登頂に成功したからこそいえることです。
義足では、マイクロプロセッサはどのような働きを担っているのでしょう。
楡木 コンピュータを搭載していない義足では、床反力――床からの反作用の力――しか伝わりません。健常者は立っているときに意識せず膝関節を固定していますが、アナログの義足を使用している場合、その姿勢を保持する力を入れなければなりません。マイクロプロセッサーが搭載されている義足であれば、停止状態で膝関節を自動的にロックしますので、余計な力をいれる必要がありません。とくに転倒の危険については細心の注意が払われています。片方の足が着地してからもう1度同じ足に着地するまでの歩行周期については、立っている足と宙にある足の役割から5段階に分けて考えます。アナログの義足では、床反力がこの状態だからこう動くという正常なパターンに基づいて設計されています。転倒は歩行周期のスキームがルールどおりに進んでいないときに起こりますから、マイクロプロセッサーで制御されている義足の場合は、転倒するパターンを検知した場合はそこでブレーキをかけます。転倒するといっても、義足を装着した方の場合は、両足で一度に倒れることになります。とくに膝が折れた状態で転ぶと、そのまま手や体幹を骨折したり、顔から地面に落ちたりしますから、仕事をしている方はしばらく仕事をすることができなくなりますし、育児や介護をしている方はそれもストップしてしまいます。マイクロプロセッサーは転倒するパターンを検知しますから、転ぶタイミングでブレーキングを効かせて装着者の安全を守ることができます。
オズール社の義足は、世界で唯一マイクロプロセッサにAIを用いているそうですが。
楡木 AIは、より装着者の生活に適応した動きができるよう用いられています。装着者の生活に必要なパラメーターにあるいくつかのゴールを設定して、そのために必要な情報を学習していきます。
義肢を装着した方が重大事故に陥らないようにマイクロプロセッサが制御し、装着者の生活に合致した動きを獲得するためにAIに学習させるわけですね。
楡木 義足装着者の転倒は、健常者の転倒とはまったく異なります。場合によっては命にかかわりますから。
そうしたお話を伺うと、義肢についての福祉がまさに人権問題だということがよくわかります。