存在論的不安がもたらす終末論とノスタルジー
シティ・ポップ・ブームから考える成熟後の近代

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著者 都築 正明
IT批評編集部

ダブ・ステップの背後に横たわる脱出のヴィジョン

ニック・ランドのリバタニアリズムを受け継ぎ、オルタナ右翼の思想的基盤となっているのが、のちに「加速主義の父」と呼ばれるニック・ランドという人物である。ランドはイギリスで哲学を学び、1987年から1998年まではウォーリック大学で大陸哲学を教える大学講師だったが、1990年ごろにCCRU(Cybernetic Culture Research Unit:サイバネティック文化研究ユニット)という研究会を共同設立する。このCCRUでの対話をもとに、ランドは1992年には著書『絶滅の渇望――ジョルジュ・バタイユと有毒性ニヒリズム』を上梓する。この著作は、バタイユの読解を通じて、マルクスやニーチェ、ショーペンハウエルを引用しつつ、死と破滅への欲望を論じるという、かなり牽強付会な――換言すれば“厨二病”的な――内容だが、それゆえにかCCRUのバイブルとして読まれ、とくに資本主義を徹底することで破滅へのプロセスを速め、国家や西洋近代社会からの「イグジット(脱出)」をはかろうとするコンセプトは「加速主義」として共有されることとなる。

その後ランドはドゥルーズ&ガタリに傾倒するものの、これは学問的な探求というよりインスピレーションや引用のネタとしてだと思われる。たとえばドゥルーズ&ガタリは『アンチ・オイディプス』において、封建時代から革命や共和制において権力が引き剥がされることを「脱領土化」、それが資本主義において貨幣や資本へと再編されることを「再領土化」として捉えたうえで、資本主義からの「脱領土化」を構想するのだが、ランドはそこから「脱領土化」のコンセプトのみを引用して自身の論を補強している。その後CCRUはオカルト的要素を強めるとともにカルト化し、メンバーの離反もあり2003年に解散する。その後ランドは上海の出版社に勤務していたが、ブログに反平等かつ権威主義的なテキストを発表し「暗黒啓蒙」と自称する。民主主義を「大聖堂(カテドラル)」と名指してそこからの「イグジット(脱出)」を謳うこの黙示録的なテキストは、テクノロジーで人間の生物学的な限界を超越しようとするトランス・ヒューマニストや、超知能の到来と人類の滅亡を予言してみせるシンギュラリティ論者に好んで読まれるようになる。

ウォーリック大学は非科学的かつ人種差別的だったCCRUとのかかわりを頑なに否定しているが、ランドが同大学哲学科で研究会を開催していたころのメンバーには現在もさまざまな方面で影響を与える人たちもいる。kode9名義でダブ・ステップの黎明期を代表するDJとして名を馳せ、Hyperdubレーベルを立ち上げて多くのトラック・メイカーを輩出するスティーブ・グッドマンもその1人だ。ダブ・ステップとはジャマイカのレゲエDJ発祥のベース音に強いリバーブをかけた手法であるダブと、UKハウスに用いられたイレギュラーなリズムを持つ2ステップとを混合させた音楽ジャンルで、音数が少ないこと、複雑なリズムパターンを用いて低周波数のベースサウンドを強調すること、そして音素材に大きくエフェクトをかけることが特徴である。冒頭に示したvaporwaveの音づくりも、これらの手法をDIY的に用いており、ダブ・ステップの延長線上にあるともいえる。

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