京都学派×戦前ポストモダン思想を再検証
近代の超克とは何か
〈近代の超克〉論の系譜
以前もとりあげたユク・ホイの『中国における技術への問い 宇宙技芸試論』(伊勢康平訳/ゲンロン)で、形而上学的ファシズムと批判されたのは「世界史的立場と日本」にも〈近代の超克〉にも出席していた西谷啓治である。京都学派は当時、さかんに世界史ということを言った。それは、ヨーロッパ中心の歴史ではなく、それ以外のアジアをもふくめた世界の歴史のことである。しかし、それは日本を中心としたアジアによるヨーロッパに対抗するための歴史であった。
ヨーロッパ中心の歴史物語がヨーロッパのみならず近代世界の思想、科学、経済を正当化しきれなくなった──《大きな物語》の解体──を憂え、それに代わる正当性を東洋から提示しようということなのだ。それはつまり、ヨーロッパ近代の否定のうえに成り立つものであり、あらたに形而上学的(メタフィジック)に全体を覆う思想を確立することになる。これこそユク・ホイが喝破した形而上学的ファシズムにほかならない。
前述した廣松渉の『〈近代の超克〉論』が世にでたのは、1970年代中頃の雑誌連載を経て1980年代に入ってからである。1989年、『〈近代の超克〉論』文庫版の解説を書いている柄谷行人が編集同人だった『季刊 思潮』4号の特集「〈近代の超克〉と西田哲学」の座談会で、浅田彰は次のように語る。長い引用になる。
「近代の超克」ということが三十年代に言われ、五十年代末に小田切秀雄や江藤淳、竹内好や橋川文三によって問題にされ、さらに六十年代末の空気を踏まえて、七四年頃に廣松さんによって取り上げられたわけだけれども、現在、八十年代の半ばくらいからもう一度それが回帰している。この回帰の仕方が今までと違うのは、今までは、主流としての近代主義に対する反抗のパトスみたいなものに何かしら裏づけられて、アンビヴァレンスをこめながら「近代の超克」を語っていたのに対し、今回は、柄谷さんが言われた多極化の中で日本の地位が上がってきており、しかも、その原動力である経済成長が、かつては前近代と批判された日本的制度によってもたらされたという背景から、何もかもと言わんばかりの無根拠な自信が出てきて、それをイデオロギー的に追認する形で「近代の超克」論が亡霊のように復活してきているという点です。
日本社会は明治維新後、ずっと近代というものと格闘してきた。科学的な合理性の受け入れに苦心し、西洋型の個人主義に混乱した。その都度、反動として浪漫派的な古典回帰やら東洋的思想が現れてくる。それが、浅田のいう1930年代の「世界史的立場と日本」であり〈近代の超克〉であり、その反省として──あるいは原子力爆弾の威力による科学の絶対化、またはマルクス主義の流行によって──1950年代に前述した竹内好や橋川文三らによって〈近代の超克〉を問い直す動きがおき、そして高度経済成長の途についた1960年代には新左翼による工業化批判、文明批判、近代の権化である資本主義の象徴としての大企業批判を通過する。1970年代に廣松の『〈近代の超克〉論』が登場したのはその後だ。浅田が「反抗のパトス」というのは、つねに対峙し闘争すべき主流派として近代があったということだ。この闘争にいつの時代にも共通して登場するのはマルクス主義であり、左翼思想だった。マルクス主義者は、たとえば戦中に獄中死した三木清のように京都学派の世界史論に対しても批判的であった。とはいえ三木清も廣松も必ずしも忌み嫌い唾棄すべきファシズムとして京都学派を論じるわけではない。
柄谷もマルクス主義の立場から廣松の論を支持しており、『季刊 思潮』の座談会では次のように述べている。
「近代の超克」の座談会で哲学者が神が死んだとか馬鹿なことばっかり言ってるけど。マルクス主義だけですよ、日本において絶対的な他者性をはっきりつきつけたのは。原理性みたいなものを初めてつきつけたのは、それも生きることにおいてそれをつきつけたのはマルクス主義だけです。
この柄谷の発言について大橋良介は前出の『京都学派と日本海軍』の註でソ連崩壊をもって「その発言の半年後に、観念の先行したマルクス主義社会体制は、現実の方から離縁された」と皮肉っていることを付記しておこう。
ユク・ホイ (著)
伊勢康平 (翻訳)
ゲンロン叢書
ISBN:978-4-907188-46-7
思潮社
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