ジャーナリスト・服部桂氏に聞く
(3)地球全体を外側から眺めるという知的な革命

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聞き手 都築正明(IT批評編集部)
桐原永叔(IT批評編集長)

ポスト・デジタル時代を止揚するために

私たちが知のパラダイムを変えようとするときに、どこに軸を設定すればよいとお考えですか。

服部 太古からあって、私たちが気づいていない物事は山ほどあるはずです。人間が名前をつけて整理することで、私たちはようやくそれを意識できるようになるわけですから。私たちは残されたものを非科学的だとして退けてしまいがちですが、そうした物事に真摯に向き合うことが必要だと思います。いままでの人間社会は、友人や知り合いと教え合ったりして、コミュニケーションのなかで新しいことを知ってきました。しかし、お互いの顔がわかる知り合いの数は、ダンバー数といわれる150人までが脳の機能的に限界だとされています。ところがそこをインターネットで補完すれば、極端に言えば理論的に全人類と知り合いになることができます。Web4.0で構想されているように、全人類の頭の中同士がネットを介してつながり、思ったことがそのまま他の人にもシェアされて、グローバルブレインのような世界が実現するかもしれません。もし90億人が1つのプロセッサーにつながって動くようになっていけば、現在は考えもつかないような宇宙的な思考もできるようになるかもしれません。現在のChatGPTなどを、こうしたこれから来る人々の知と知をつなぐ前段階のインターフェースとして捉えることは可能だと思います。科学や技術が進んだからといって、種としての人間はほとんど進化していません。だからこそ、潜在的なポテンシャルとして持っているものを意識下に呼び戻すことが必要だと思います。

桐原 私は、ユダヤ・キリスト・イスラムの「アブラハムの宗教」以前の価値観を根本から再考して、カーツワイルやハラリの持つ人間観が書き換わらないかぎり、資本主義のゲームからは逃れられないと感じています。フマニタス(観察者としての文明人)とアントロポス(観察対象としての人間)の対比でいうと、フマニタス的な発想のもとで人間とAIとの幸福な未来を予想することは難しい。

服部 未開の地にいる人々にそうした生命力を求める発想もありますね。今後、地球に大きな気候変動が起きたときに、生き残るのは彼らだけだともいわれています。

それはケヴィン・ケリーが「テクノロジーの声に耳を傾ける」としてアーミッシュの人々に会いに行ったり、ジョージ・ダイソンがカナダのツリーハウスに暮らしながらアラスカ先住民のカヤックの復元を目指したりしたことに近いように思います。

服部 生命力のようなものが人間から失われたわけではないと思います。私たちは、それを発揮できないまま教育されて文明社会に順応してしまっていて、持っていることすら忘れてしまっている。文明のなかにいても、AIやコンピュータを使って、親や社会が教えてくれないことを自分で学べるようなツールがあれば、少し変わる可能性があるかもしれません。私はわれわれが現在気づいていないものについて再度問い直す方法として、アナロジアというアンチテーゼを立てて「ChatGPTはもう古い」などと言ったりしていますが、それはみんながChatGPTを無批判に称賛するなかで、そこに対抗軸を立てたいと考えているからです。

世の中の趨勢へのカウンター・スピーチとして機能することを期待されているのですね。

服部 そういうことです。能力があっても気づくことができなければ、そこで思考停止することになってしまいます。『アナロジア AIの次に来るもの』を日本で紹介することで、デジタルの限界が近づいていて、その先にあるのは私たちが忘れてきた習性や自然などのアナログなものだという主張を立てたわけです。その先に、両者を統合するビジョンがあるのだと思います。次に手がけた『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』では「ホールアース・カタログ」がはじめて地球全体の写真をみせたことで人々が地球全体を意識して、そこから現在のデジタル社会がはじまったのではないかと問いかけました。こうしたいろいろな視点を提供することで、ポスト・デジタル時代の論議が広く行われることを期待しています。<了>

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