アーティスト・慶應義塾大学准教授・長谷川愛氏に聞く
(3)テクノロジーを手に未来の社会・文化をデザインする

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

スペキュラティブ・デザインとは、未来を考える態度のこと

いまご覧になっているコンテンツや、そこで考えられていることはありますか。

長谷川 いま海外のSFドラマシリーズが興味深いです。先述したAmazonプライムの「パワー」は、女性に放電する能力が世界各地で同時多発的に発現して男女のパワーバランスが変わっていくという作品で、現代の社会像について考えさせられます。一方「ザ・ボーイズ」という作品では、アメリカのスーパーヒーローたちが社会を牛耳って腐敗した世界を舞台にしていて、男性性の呪縛や現代のアメリカ社会を描いています。またウィリアム・ギブスン原作の「ペリフェラル 接続された未来」という作品は、VRゲームをプレイしていたら70年後の未来と接続していて、さらに量子トンネル効果で現代に影響を及ぼすというストーリーで興味深い。最近は4年ぶりに「ブラック・ミラー」の新シーズンがNetflixで配信されていて、第1話は主人公がスマートフォンの行動履歴からシミュレートされた自分の人生についてのドラマが配信されているのを自分で観てしまうという風刺的なストーリで、ダークながらも非常に面白かったです。

最近では映画「TAR/ター」について言及されていました。

長谷川 震えました。音楽から逃れられない主人公の女性指揮者の姿にはアーティストとして身につまされましたし、なにより准教授として教え子を持つ立場なので、主人公が黒人男性の生徒を論破するシーンには怯えました。さまざまな失敗を繰り返して、目立つポジションに就くと過去のことを蒸し返されてキャンセルカルチャーの遡上に挙げられる。おそらく私も今後更新されていく倫理観においていつも正しい発言や行為をしていないことがあるでしょうから、他人事ではないと思います。倫理というものも時代や状況に応じて変わっていくものですし。

映画では主人公が幾重にも呪われた生にいることが明かされますし、周囲が女性であることを本質化してしまうことも描かれていました。

長谷川 企業などの組織で、困難な状況において女性やマイノリティがリーダーに登用されることが多いことを評した「ガラスの崖」という言葉があります。これまでの失敗が積み重なった危機的な状況では、責任を追求される立場に女性やマイノリティを登用する。キャリアアップを阻んできた「ガラスの天井」を突き破って雇用されると、いきなり崖っぷちに立たされるわけです。私も「アートとデザインで社会状況を変えてください」というようにお題だけを与えられる状況に置かれることがあります。いままで下駄を履いた人たちが散々チャレンジして変えられなかったことを、いきなり私ひとりで変えろっていうんですか──と抗議したくなるのですが、後から「やっぱり女には変えられなかったな」と言われるだろうと思うと、すごく悔しいです。

成功しても嫉妬されてキャンセルカルチャーが発動することも想定されますよね。GDPRの「忘れられる権利」で黒歴史のデータを削除しても、おそらくどこかにログが拡散されている。

長谷川 難しいですね。過去のことはいくらでも遡ることはできますし、X(旧twitter)の炎上の多くは文脈を無視したリツイートによるものです。個人的には似たような心情を抱くこともありますし。COVID19の自粛期間中に「コロナが収束したら生活に困窮した女性がセックスワークに就くから、それを楽しみにいまは耐えましょう」という内容の発言をしたコメディアンがいましたが、彼がテレビに映っていると許せない気持ちになります。

2021年に拝見した寺田倉庫で行われた「4th Annunciation」では、若い世代への前向きなメッセージを感じました。富士山噴火茶席のほか、大地震や疫病のもとで幕府への不信感がつのり明治維新が起こったことを想起したりもしました。

長谷川 テクノロジーもアートも、オルタナティブな世界を構想したり、いまはまだないものを想像したりすることからはじまります。価値観や倫理も、いまあるものがすべてではないことを提示しつつ、いっしょに社会を変えていくことを呼びかけたいです。これまでとは違うビジョンを描いて、そこにテクノロジーを載せていこうよ、と。未来をいっしょに考えていけると嬉しいですね。<了>

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