東京女子大学現代教養学部准教授・大谷弘氏に聞く
(3)未知のものを理解しようとする想像力が倫理になる

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聞き手 都築 正明(IT批評編集部)/桐原永叔(IT批評編集長)

倫理的であるとは、他者を誠実に知ろうとすること

都築 コンプライアンスやポリティカル・コレクトネスが重視されてきて、LLMがバイアスを増幅する懸念もある一方、逆にLLMをつかって私たちのバイアスに気づかせてもらう場面も考えられます。前回取材したアーティストの長谷川愛さんは、不当に射殺された黒人の顔写真を学習して、銃口の先に該当する人がいると3秒間引き金をロックする「Alt-Bias-Gun」というプロジェクトを行いました。そうでなくても、ChatGPTを参照してから話せばポリコレ的に間違ったことを言わなくてすみます。

桐原 ChatGPTのAPIを用いたIR支援サービスはすでにリリースされています。同じように、企業のコンプライアンスチェックをChatGPTにさせるサービスが、すぐに出てきてもおかしくありません。しかし、そうなると人間がコンプライアンスを考えなくなる懸念もあります。

大谷 そうした使い方はできるでしょうね。しかし、それは地雷を踏まないようにするというだけです。むしろ、これはよい/これはよくないというデータセットを用いる姿勢は倫理的ではありません。ルールを教えてくれればそれに従うというのでは、健全な判断をしているとはいえませんよね。傷ついている人がいれば、なにに傷ついているのかを知ろうと努めるメンタリティーが、やはり倫理的だと思います。実際的な問題として、私も本を書くときには使用してはならない表現をつかったりしていないかに気を使いますし、編集者に指摘されることもあります。そうしたことも必要ではありますが、ルールブックに載っていなければなにを書いてもよいわけではありません。

都築 たしかに明示されていないことやアンコンシャス・バイアスを書き出すことはできません。先日、芥川賞を授賞した市川沙央さんは自身も人工呼吸器使用・電動車椅子使用者で、作中には「息を呑む」といった表現にも傷つくし、本を読むことも健常者中心になっていることが指摘されていました。これは多くの人々にとって持ち得なかった視点だと思います。

大谷 そうしたことは、当事者の声に耳を傾けなければ気づくことができませんし、気づかれていないものは、まだルールになっていません。気づくための努力をすることに、倫理の重要な側面があるのだと思いますね。ChatGPTだけではそうしたことに気づくことはできませんから、人間が学習させなければなりません。

都築 先生ご自身にも、そのように視野を広げられてきた経験がおありですか。

大谷 学生のころは村上春樹をよく読んでいて影響を受けたりもしましたが、年齢を重ねるとピンとこなくなってしまいました。どうしてだろうと考えて、1つ思いあたったことがあります。村上春樹の作品には、政治や大衆社会に流されないで自分の生き方を通していく主人公が登場しますが、彼らがそうした姿勢をとれたのは、結局のところ自分たちがマジョリティだったからではないかということです。マイノリティや多様性についてきちんと考えると、デタッチメントなどできない人がたくさんいることに気づくことになります。学生のころは私も気づいておらず村上春樹的なものに惹かれたのですが、 家族ができたり、さまざまなバックグラウンドを持つ学生がいることを知ったりするようになって遠ざかったのだと思います。たとえばトランスジェンダーの研究者の方々の話を読むと、デタッチメントなんて言っていられないのだろうと気がつきます。

桐原 映画「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞を取ったときに、「IT批評」に私も考察を書きました。村上春樹の原作はデタッチメントそのものでしたが、映画では現代にコミットメントする問題意識で暑苦しいほどのドラマにつくり変えられています。時代的なことを考えると、サルトルがアンガージュマンを唱えた政治の季節が過ぎてから、デタッチメントするスタイルがもてはやされるようになった。ところが最近は、哲学分野では新実存主義が注目されるなど社会にコミットメントする風潮が出てきています。あの映画はそうしたトレンドにシンクロしたことで、アカデミー賞を授賞するようなポピュラリティを獲得したのではないかと思いました。

大谷 その考え方は、とても面白いですね。

都築 近刊のご予定などはありますか。

大谷 新書が出る予定です。道徳的思考について、想像力や感情などさまざまな側面から解説する内容です。バックグラウンドにウィトゲンシュタインはありますが、具体的に取り上げるわけではありません。具体的な哲学者や文学作品などを取り上げながら、そこにどのような思考が現れているのかを批評的に読み解いていく構成になっています。

都築 どのような文学作品が取り上げられているのでしょう。

大谷 哲学ではしばしば語られる作品ですが『ハックルベリー・フィンの冒険』などを取り上げています。ハックルベリーが逃亡黒人奴隷のジムを逃がすか逃がさないかで葛藤する場面があります。そこでどのような思考が働いているのかを考えたりしています。その他、ディケンズの作品なども取り上げています。『道徳的に考えるとはどういうことか』というタイトルで今秋に筑摩書房から発刊されます。<了>

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