LLM(大規模言語モデル)は「言語ゲーム」的か
東京女子大学現代教養学部准教授・大谷弘氏に聞く(1)

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聞き手 都築 正明(IT批評編集部)/桐原永叔(IT批評編集長)

記号と論理のリールで進化してきたAIは、知覚と経験を重ねる深層学習を経て自然言語を生成するLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)に至っている。AIに大いなる進化をもらたした転換を、言語の分析を記号哲学から言語実践へと展開した哲学者・ウィトゲンシュタインの思想と重ねてみる。ウィトゲンシュタイン研究を専門とする東京女子大学現代教養学部准教授・大谷弘氏に聞いた。

大谷弘

大谷 弘(おおたに ひろし)

1979年京都府生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻博士課程満期退学。博士(文学)。東京女子大学現代教養学部准教授。専門は西洋哲学。著書に  (筑摩書房)、 『ウィトゲンシュタイン 明確化の哲学』(青土社)、『「常識」によって新たな世界は切り拓けるか――コモン・センスの哲学と思想史』(共編著、晃洋書房)、『因果・動物・所有――一ノ瀬哲学をめぐる対話』(共編著、武蔵野大学出版会)、訳書として『ウィトゲンシュタインの講義 数学の基礎篇 ケンブリッジ1939年』(共訳、講談社学術文庫)がある。

目次

「哲学する」を哲学するメタ哲学

都築 正明(IT批評編集部 以下、都築) まず、先生の来歴をお聞かせください。

大谷 弘氏(以下、大谷) 出身は京都で、高校生まで京都で過ごしました。そのころは、思想や哲学には興味がなく、政治学や国際関係などを学びたいと思いつつ東京大学の文科Ⅲ類に入りました。ただ政治学の授業などに出席していても、それほど楽しいとは思えなかったのです。私は1998年に入学したのですが、当時は講談社の「現代思想の冒険者たち」という哲学者紹介のシリーズが刊行中で、飯田隆さんがウィトゲンシュタインについて書いていましたし、哲学者、倫理学者の永井均さんが著した『ウィトゲンシュタイン入門』(ちくま新書)も刊行から間もなかったころでした。そうしたものを読んで、面白いと思いはじめました。私は読んでいませんでしたが、東浩紀さんの『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』(新潮社)もそのころ出版されましたし、フランス現代思想も盛り上がっていました。東大駒場では科学哲学の大家である大森荘蔵さんの影響を受けた方々が40代半ばぐらいの年齢で教えていらっしゃいましたし、言語哲学者の飯田隆さんが勁草書房から刊行していた「言語哲学大全」もまだ完結してないというタイミングでした。

都築 先生はどのような講義内容やスタイルをとられているのでしょう。

大谷 標準的ではあるのですが、なるべく学生に話してもらうよう心がけています。自分が面白いと思っていないと、やはり学生も面白がってくれませんから、テーマごとに自分でも興味のある話題を提供したいと思っています。東京女子大学の授業は科目の内容が細かく決まっていて、ある程度決まった枠で話すことになるのですが、西洋近代哲学史の講義では、近代哲学の祖であるデカルトからはじめて、ジョン・ロック、ジョージ・バークリ、デイヴィッド・ヒュームといったイギリス経験論から、スコットランド常識学派の哲学者トマス・リードまでを講義しました。他に当時のフェミニズムの哲学者メアリ・ウルストンクラフトを紹介したりもします。

都築 近世哲学の流れを追っていくことになりますね。

大谷 当時は科学革命があって科学が権威を獲得しはじめた時代ですが、一方でキリスト教の権威も強く残っていました。デカルトにせよ、ジョン・ロックにせよ、キリスト教神学を背景とした中世のスコラ哲学とは違う、新しい思想であることを強調します。実際は連続しているところもありますが、そこで新しい哲学を目指した人たちの哲学観はどういうものだったのかを考えていきました。デカルトとロックは異なるメタ哲学--哲学についての哲学--を持っています。また同じ経験論でもヒュームとロックとでは異なります。あるいは、ウルストンクラフトは非常に独特のスタイルで思考しています。こうしたことをみながら、哲学とはどのような営みなのかを教える授業です。

都築 当時の科学・哲学・宗教を複合的に考えるわけですね。

大谷 それに加えて、私はトマス・リードという哲学者に関心があります。彼は理性や観念ではなく、「コモン・センス」といわれる健全な判断能力に真理や秩序の論拠を求めました。科学と宗教と哲学に常識を加えた4つの要素が、 それぞれの哲学者のなかでどのように絡み合って考えられているのかを哲学していくことをテーマにしています。思想的展開としてのストーリーをつくるというよりも、それぞれの差異を追っていく講義です。

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