大阪大学社会技術共創研究センター長・岸本充生氏に聞く
(1)経済学者が取り組むテクノロジーのリスクアセスメント

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

個人情報の提供でわれわれは正当な対価を得ているか

桐原 金額換算、費用換算はデリケートな問題になりがちですよね。本当に必要だとしても。先生から見て、経済的な議論が必要なのはどのあたりでしょうか。

岸本 個人情報の売買がまさにそうですよね。日本ではこれがなぜかタブー視されています。個人の情報のうちで、何を売ってよくて何を売ってはいけないのかということを本当はもっと議論しないといけないんですよ。これはアメリカとヨーロッパは態度を明確にしています。ヨーロッパは基本的には個人情報の売買に対してネガティブです。建前上、パーソナルデータというのは基本的人権の一部なので、容易に売買することはよくないという前提で話を進めています。

桐原 アメリカは売買が前提になっているんでしょうか。

岸本 そうですね。データブローカーという職業が存在していますし、カリフォルニアの法律なんかは、消費者は自分の個人データがどれだけの価値を持っているか知る権利があると定めています。また、売ってほしくない場合はウェブサイトで“do not sell”と意思表示できるようにするということを決めました。ということは、売っていることが前提になっている。翻って日本はどうなのかというと、建前的にはヨーロッパ的なことを言いつつ、実態はアメリカ風に情報銀行とかで売買を進めているという印象です。ポリシーがないし、それ以前にするべき議論がどこでもなされていません。

桐原 言われてみたらその通りですね。

岸本 欧米の反対派の論調としては、プライバシー情報の売買は臓器売買と一緒だというんですね。そういう喩えを使って批判しています。

桐原 自分の一部を切り取っているという考え方ですね。

岸本 そうですね。臓器売買のアナロジーはあちこちで使われています。僕は、このアナロジーについて一部は当たっているけど一部は違うかなと思っています。そもそも臓器売買はどこまで認められているんだろうと思って調べたら、臓器ではありませんが、唯一堂々と売買できる体のパーツがあって、髪の毛なんです。血液は2002年に有料での採血の禁止が明文化されています。精子や卵子は微妙で、法律では明示的に禁止されていないけど学会レベルで売買禁止が提言されているのでグレーですね。髪の毛だけ普通に、インターネットサイトで売買されています。血と髪の毛の何が違うかなと思ったら、血はどんどん売るとどこかで健康を害するけれど、髪の毛は全部売ったら取りあえずそれ以上売りようがないので、そこの違いかなと思うんですよね。その違いをパーソナルデータに当てはめたらどうなるのかと考えることが一つのヒントになると思います。

桐原 個人情報のやりとりという話になると、自分の個人情報をGoogleのようなジャイアント企業に提供することで、金銭の代わりに利便性という対価が得られているという考え方がありますよね。

岸本 それを対価と捉えるか、単なるサービスと言うか。言い方の違いだけかもしれませんが、こだわる人はこだわっていて、対価とは絶対に言っちゃいかんという立場の人もいます。僕が無料でGoogle検索をしているということは、確かにお金を払わずに検索サービスを受けているので便利なことではありますが、実はGoogleはもっと便宜を享受していて、逆に僕に対価を支払うべきかもしれません。こう考えると、自分の個人データがどれだけの価値を持っているか知る権利があるというカリフォルニア州の主張につながります。

桐原 もしかしたらメリットが非対称かもしれないわけですね。

岸本 確かに一見、需要と供給が均衡しているように見えるのですが、他に選択肢がないからやむを得ずGoogleサービス使っているわけで、似たようなサービスで、検索するたびにポイントがたまるサイトがあれば、そっちに移るかもしれません。

桐原 そうですね。比較対象がないから気がつかないだけかもしれません。

岸本 本当にマーケットの均衡なのか、単なるGoogleの独占によって生じている状態ではないのか、だから、われわれは「データ労働者だ」という言い方をする人も出てきます。データ労働者は搾取されているので、データ労働組合をつくってストライキをするべきだという人たちもいます(『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀:公正な社会への資本主義と民主主義改革』(エリック・A・ボズナー他著 東洋経済新報社)。

桐原 税金の議論と似ているかもしれません。必要以上に税金を払っている可能性があると。

岸本 一見、自由な取引をしているようで、実は独占状態なので、本当に対等かどうかを議論するべきだという意見もあります。検索サービス以外にも動画サービスなどにも当てはまることです。

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