ERATO 脳 AI 融合プロジェクトメンバー 紺野大地氏に聞く
(3) 人と AI とが共存するカギを探る

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

脳+AIで再発見される身体と心、意識

脳と AI を融合させて医療に活用して、コントロール可能なことが拡大すると、身体の概念も大きく変わりそうですね。

紺野 身体の概念が簡単に変わることは、多くの研究で実証されています。例えば、片手に自分の意思で動かすことができるロボットの指をつけて一定期間過ごすと、その 6 本目の指の運動に相当する脳領域が新しく現れることが知られています。メタバースで翼や尻尾の生えたアバターを使う人も多いと思いますが、それを続けると、翼や尻尾に対応する脳領域ができる可能性は十分にあると思います。

脳には、私たち自身が思っているより多くの可塑性があるのですね。

紺野 「脳チップ移植」のように赤外線や地磁気、紫外線など五感のほかの情報も使えるようになってくると、身体の感覚だけでなく、その身体と世界との関わり方も変わっていくと思います。人工内耳はその好例です。人工内耳は、外界の音に応じて特定のパターンで電気刺激を与える仕組みです。装着した直後はノイズにしか聞こえませんが、3 カ月や半年と装着し続けていくと、 他人の話すことが聞こえるようになっていきます。これは、耳や音が変化しているわけではなくて、脳が変化しているわけです。規則性のある刺激を受け続けると、その規則を読み解くことができる、というのが脳の本質だと思います。デビット・イーグルマンというアメリカの神経科学者は、一定の条件に応じて振動する“感覚チョッキ”のベンチャースタートアップを立ち上げています。少し突拍子もなく聞こえるかもしれませんが、例えば本人の周囲 5km が 10 分後に晴れるという天気予報ならこういう振動、雨が降るならこの振動、というように、それぞれ別のパターンで伝えていくと、いずれ第六感のように天気の変化を直感できる人間が現れるのではないか、と彼は言っています

昔の漁師さんが「もうすぐ雨が降るな」と予測するような。

紺野 そうですね。それを外から身につけさせるようなイメージです。イーグルマンはこれを“感覚追加”と表現しています。私は、パソコンやスマートフォンにアプリを追加するように、将来は身体にスキルを追加することができるのではないか、とワクワクしながら見てます。

身体について伺うと、やはり心や意識について知りたくなってきます。先生は研修医時代にジュリオ・トノーニの『意識はいつ生まれるのか』を読まれて感化されたと伺いましたが、どのようにお考えになりますか。

紺野 意識や心については、私の専門とは外れてしまうので、言えるところも限られてしまいます。ただし、これまでなかなか掴みどころがなく、科学として扱うのが難しいとされていた意識や心というものを、定量的にサイエンスとして扱う動きがこの 10 年〜 20 年で進んできていることは確かです。意識研究は、今後もこの方向に進んでいくと思っています。

概念としての意識や心ではなく、計測可能なデータとして捉えられる。

紺野 そうですね。

たとえば自分自身を客観的に知ることは、難しくて勇気がいることかもしれませんが重要ですね。そもそも自己肯定感というのは本来そういうものですし、昨今よく言われるメタ認知というのも、それに近いものですし。自分で考えたり他者から指摘されたりするよりも、データで示されたほうが、社会生活を考えやすくなる気がします。

紺野 今まで捉えどころのなかった心というものが、データとして定量化して提示されるようになってくる。そこにはもちろん良し悪しが生じるかとは思います。

とはいえ、人類誕生以来、少なくともデカルトが心身二元論を提唱した時代から 500 年以上を経て、大きな変化ですね。

紺野 はい。それをうまく使うことができれば、精神疾患なども減ってくると思います。

メタバースと脳 AI 融合の可能性

言語を持つことによって、人間の意識が生まれたとも考えられるのですが。世界を言語で翻訳する比喩という行為によって、さまざまな情報を理解可能なものにして、意識化するのではないかと。先ほど例に出された 6 本目の指についても、6 本目の指がどういうものかを、言葉で理解するからこそ、脳の中に新しい機能が生まれるのではないかと思います。

紺野 松尾豊先生は、人間の意識や知性を考える時に、動物としての OS 上に言語というアプリがある、という説明をされます。その言語アプリが人間に特有のもので、それが人間の知性を形づくっている、というように。言語化能力が人間の知性と、大きな関わりがあるのは間違いありませんが、私としては、世界に数多くある、言語化できない情報を翻訳せずに、ダイレクトに伝えることができれば、人間そのものやコミュニケーションの可能性が広がるだろうと考えています。

一方で、進化論によって否定された創造説を、人間がもう一度やりなおそうとしているようにも見えてしまいます。特に AI が意識を持つことを想定すると、なにか預言者が人類にメッセージを伝えるようなイメージと重なってしまう。

紺野 ユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス 上下巻』(柴田裕之訳/河出書房新社)で「データ教」と称していますが、近しい人や自分の判断よりも、AI の助言を重視するようになる、というのは──良し悪しは別にして──不可逆の流れではないでしょうか。AI に自分の生き方を委ねることは、現在の私たちからするとディストピアのように感じられるかもしれませんが、自分を最も知っている他者が AI だとすると、その認識も変わってくるかもしれません。

メタバースと、脳 AI 融合の可能性についてはどうお考えですか。

紺野 今後、とても大きな可能性を持っている分野だと思っています。メタバースと脳科学や神経科学、AI の融合というと、脳活動だけでアバターを操作したり、脳活動だけで考えていることをメタバース上で表現したり、といったことがよく話題にのぼります。技術的に実現可能であるとは思いますが、私自身はそこにはあまりワクワクしない、というのが率直な思いです。むしろ将来的に、脳を適切に刺激してあげることで、 インターネットの世界を現実世界と同じように感じられるのではないか、ということに興味をおぼえます。「攻殻機動隊」や「ソードアート・オンライン」で描かれるフルダイブのように、インターネットの世界に自分がそのまま入り込むようなイメージですね。

そもそも私たちが限界として捉えている世界というのは、あくまで脳が知覚した現象にすぎないですね。

紺野 そうですね。脳についてより深く知ることができれば、脳で現れている世界像というのを、デジタルに再現するだけでなく、複数の世界像を持つことができるかもしれません。

メタバース上で治験に近いデータを集めたり、臨床例がすごく少ない治療法をモニターしたりといったことも、一定の確度でできるようになるのでしょうか。

紺野 シミュレーションの技術やノウハウもかなり必要になるとは思いますが、医療における応用も十分に考えられます。外科手術での出血量や生存率など、人命に関わる臨床実験もできることになりますから。

実世界では人道上してはならない社会実験や心理実験を、メタバース上で行って近似的なデータを収集することも不可能ではなくなるでしょうか。

紺野 それも考えられますよね。そこから現実世界の問題を解決できるようになるかもしれません。

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