『音楽が未来を連れてくる』著者・榎本幹朗氏インタビュー(2)
イノベーションによって音楽ビジネスはどのように変わってきたのか?
テクノロジーの波を真っ先にかぶるのはいつの時代も音楽ビジネスであった。そこからまた音楽を蘇らせたのもテクノロジーを味方につけたイノベーターたちである。破壊的なイノベーションで、顧客を創造し新たな市場を生みだす。驚くべきは、こうしたイノベーターたちが描いた壮大なビジョンであり、それに賭ける情熱である。私たちが学ばなければならないのは、イノベーションそのものではなく、イノベーションの機会を先達たちがどのように掴んできたかである。機会を見過ごすことこそ、イノベーションの最大のボトルネックであるのは、近年の音楽業界の動向が雄弁に語っている。
榎本 幹朗(えのもと みきろう)
1974年東京生れ。作家、音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先は「WIRED」、「文藝春秋」、「週刊ダイヤモンド」、「プレジデント」など。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。
目次
- 単純に技術的なアイデアだけでは成り立たないのが音楽ビジネス
- 節目で大きなイノベーションを起こしてきた先達はどういう思考の持ち主だったのか
- ストーリーにしないと、魂や情熱の部分は伝わらない
- テクノロジーによって音楽は変わったのか
- 今流行っているものはイノベーターたちが10年前に考えたもの
単純に技術的なアイデアだけでは成り立たないのが音楽ビジネス
桐原 インターネットの出現で音楽コンテンツビジネスが成立しなくなるということは、業界的には共通認識だったのでしょうか。
榎本 実は音楽ファイル共有サービスである「ナップスター」が出てきた2000年ごろに、ソニーの出井さんを始めとしたコンテンツ財閥のトップたちの間ではだいたい話し合いが終わっているんですよ。既存のコンテンツ技術が全部ダメになるということは予想できたことだし、その頃のコンテンツ財閥は経営陣も覚悟を決めていたと思います。いま音楽で起こっていることは、出版でも映画でも同じことが起こる、いまちゃんとした答えを見つけなければいけないということで、サブスクリプション方式のビジネスを音楽からやろうということで合意に達していたんです。次の方向性も、サブスクでストリーミングだとアメリカのメジャーレーベルは親会社の意向のもと合意して音楽サブスクを2001年に自ら立ち上げました。
桐原 音楽業界は著作権に守られている頭の古い人たちの集まりだと思われがちですが、そうではなかったのですね。
榎本 新しいテクノロジーが出てきた時に、いちばん初めにひどい目に遭うのが業界で、誰も答えを持ち合わせていないので、音楽産業は自分で答えを見つけなければならない。そこで上記の答えを見つけたんですが、いかんせん技術音痴だったのでそれを上手く実現できなくて(今は各社優秀なCTOがいます)、その後に出てきた起業家たちがサブスクをビジネス化して今に至るというかたちです。こうなるだろうというロードマップ自体は業界では特に経営者層では共有していて、そこに起業家たちがポツンポツンと出てきたのです。
桐原 Spotifyがようやくサブスクの扉を開いたというわけですね。
榎本 Spotifyを起業したダニエル・エクという人は、ナップスターが出てきた時に高校生で、ナップスターが潰れるのも目の当たりにしていました。これはどうすれば合法的にやれただろうかということを課題に持っていて、大学を途中で辞めITで起業して財産をつくった後に、いちばん好きな音楽でチャレンジしようと考えて、Spotifyを立ち上げました。スティーブ・ジョブズも音楽好きだということはよく知られています。AppleはPCメーカーだったわけですが、PCは誰もが手にしていて、価格競争になって面白い世界ではなくなってしまった。ポストPCの世界を探していた時にファイル共有ブームが起こって、このままでは大好きな音楽が死んでしまうと考えてiPod、iTunesをつくったわけです。節目節目に技術者というかテクノロジー側の人間が関わっているのですが、同時に音楽が好きな人間が革新をもたらしているのは間違いありません。

桐原 技術だけではイノベーションが起こせないということですか。
榎本 なぜかと言えば、音楽を合法的な新しいビジネスに乗せていくには、グレーゾーンを白にしなければならない。その時にはコンテンツを持っている側と話を詰めていかなければならず、これが本当に大変なんです。ダニエル・エクは、Spotifyに楽曲を使わせてくれとユニバーサルミュージックのスウェーデン支社に行くのですが、何回行っても門前払いで、会社の前に寝袋で寝泊りしながら交渉しています。それくらいやらないと門戸を開いて真剣に話を聞いてもらえないのです。スティーブ・ジョブズもAppleに復帰する前にピクサーというアニメ映画会社を上場に導いて成功しました。コンテンツ側の人間として成功を収めたから、iTunesを始める時に音楽業界も交渉をしてくれたという経緯があります。単純に技術的なアイデアだけでは成り立たないのが音楽ビジネスなんです。音楽に対する愛情と志と情熱がなければ革新は実現できません。
桐原 音楽業界はそんなに頭が古いわけではないということでした。とはいえ、業界内でも温度差はあるかと思うのですが。
榎本 音楽業界でも、産業の将来のことまで考えている企業はそんなに多くはないですね。ソニーミュージックやユニバーサルミュジークやワーナミュージックの3社で世界の音楽売上の7割を持っていて、そういうところの経営層は音楽産業の未来をずっと考えていて将来設計もしていて、新しい技術が出てきたら協力するということもやっています。普通の音楽事務所やレーベルはそこまでは考えられないし、考える必要もない。大好きなアーティストを育ててみんなに広めたいという思いで仕事をしているわけですから。それが本業です。そういう人たちを見て音楽産業にいる人たちは頭が古いとかいうのは筋違いだと思います。
節目で大きなイノベーションを起こしてきた先達はどういう思考の持ち主だったのか
桐原 『音楽が未来を連れてくる』には、パラダイムをつくるようなイノベーションが、どういう人たちによってどんなやり方で実現されてきたかが描かれています。
榎本 10年、100年のスパンで見た時に、何か法則があるんじゃないか、音楽ビジネスの本質を掴むことができるんじゃないかという思いで書きました。
桐原 日本の例も含めて、イノベーションを起こした人たちの人間臭いドラマもたっぷり描かれています。
榎本 そこは割と意識して書きました。サブスクのコンサルを始めてから、たくさん若い人たちが相談に来たんです。起業してみたいんですと。ただ話を聞くと、海外でこんなのが流行っているから日本でもやってみたいというレベルなんですね。そう聞くたびに、大丈夫なのか、せっかく人生を賭けて起業したのにそれでは将来、後悔しないかと心配が募っていきました。音楽産業ではソニーが中心になって世界に何度もインパクトを与えてきました。時代ごとに大きなイノベーションを起こしてきた先達はどういう思考の持ち主だったのかをもう一回、認識して欲しくて日本人についても詳しく書いています。それはスティーブ・ジョブズにも大きな影響を与えているし、アメリカの音楽産業も大きく変えてきた、そういう人たちが何を考えていたのかを知って欲しくて書いたところがあります。
桐原 本では「知識・クリエイティビティ・情熱」というソニーの盛田昭雄さんの言葉を紹介しています。この3つがないとことは起こせないということをおっしゃりたかったと思うのですが、例えば大賀典雄さんがプライベートジェットでカラヤンに会いに行くというスケール感で今の若者がものを考えるのは難しいのかなという気もします。
榎本 確かにそうですね。お金持ちになりたいという欲求はあっても、たとえばユーチューバーで成功してタワーマンションに住む、というあたりで完結してしまっていますからね。じぶんの成功で完結して、事業で世のなかを変えることまで考える人は少なそうなので、音楽好きでもここまでスケールの大きい日本人もいたんだぞと伝えなければと思い、大賀さんのことを書かせていただきました。
