エンタメ社会学者・中山淳雄氏に聞く
第3回 「成功事例が連鎖を生む」日本エンタメ産業の勝ち筋と課題

日本のエンタメ産業は、象徴的成功事例によって投資の熱を帯びる一方で、産業としての統合力や拡張性に課題を抱える。日本が勝ち筋を掴むために必要な「産業化」と「ネットワーク」の視点とは。

中山 淳雄(なかやま あつお)
エンタメ社会学者。コンテンツの海外展開がライフワーク。事業家(エンタメ企業のコンサルを行うRe entertainment)と教員(早稲田・慶應・立命館)、行政(経産省コンテンツPjt主査、内閣府知財委員)を兼任。東京大学社会学修士、カナダMcGill大学MBA修士。リクルート・DeNA・デロイトを経て、バンダイナムコスタジオ・ブシロードで、カナダ・シンガポールでメディアミックスIPプロジェクトを推進&アニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を担当。
著書に『キャラクター大国ニッポン』(中央公論新社)『エンタメビジネス全史』『クリエイターワンダーランド』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』『エンタの巨匠』(以上、日経BP)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』『ヒットの法則が変わった』(以上、PHPビジネス新書)『ボランティア社会の誕生』(三重大学出版会)など。
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1個の成功事例が100のトライアルを生みだす
桐原永叔(以下、――)中山さんのようにビジネスも含んだ視点で語らない限り、日本のエンタメの可能性は、単に応援団として語る以外になかったんじゃないかとすら思います。
中山 僕も応援団ではあるんですけど、ビジネスとしての側面を強調することでより説得力を持たせたいなと思って書いています。
中山さんの本を読むと、ここに日本の勝ち筋があるじゃないかと思う人がいるでしょうね。最近、AIと半導体で何をやらせるかって言ったら、「そりゃエンタメでしょう」という人たちが増えてきています。そこに勝ち筋があると。でも中山さんのこういう議論がないと、エンタメを勝ち筋だとビジネスマンは簡単には思わないだろうなと思います。
中山 そうですね。最近ようやく銀行や商社といった業界からエンタメに入ってくるようになりました。2011年ごろにDeNAでソーシャルゲームの海外化をやってたときとは隔世の感があります。当時も「日本のキャラクターはすごい」、「IPビジネスは有望だ」とは言われていたんですけど、ゲーム業界のしかもほんのごく一部の企業だけ。当時1兆円だった日本のエンタメ輸出額は今や5.8兆円にまで伸びています。この業界は1個の成功事例が100のトライアルを生みだすんですね。「モンスト(モンスターストライク)」が1000億円を稼いだという大ヒットを前に似たようなゲームは100以上作られましたし、「鬼滅の刃」が世界的ヒットしたからみんなアニメ製作委員会の構造を変えていこうとコロナ後にアニメビジネスが大活況になった。「ゴジラ−1.0」のアカデミー賞で勇気をもらって実写映画に出資する動きも出てきています。大ヒットが夢を与えて、社会のエンタメに対する視線がガラッと変わりました。僕が教えている慶應大学の学生を見ていても、コンサルに就職する予定だった子がいきなりエンタメで起業するとかね。こんな分が悪い“千三”の世界に勇気をもって勝負する人が増えました。
本当ですね。観客の心なんて移り変わりの激しいものを追いかけるわけですから。どうなんでしょうか。日本の大学ではこうしたことを教えたりしていないですよね。
中山 大学が切り離されているところはありますよね。北米のアカデミアが逆に特別すぎるのかもしれません。僕はバンダイナムコの仕事で2013年から2年ぐらいカナダにいたんですが、ゲーム会社で起業してEXITしたあとに大学教授をやっていて、やっぱりもう1社立ち上げるから辞める、とか。産業と大学で(行政もあります)人材が流動的に行き来するリボルビングドアの仕組みが素晴らしいなと思いました。日本は欧州型で大学が産業に寄っていかないところがありますから。
エンタメは学問としては捉えにくいということもあるんでしょうか。
中山 移り変わりが激しいから研究するに値しないのか、数字がとれないということもありますが、要するに「科学する」ことが難しいんですよね。最近、岩波書店が『Vチューバー学』という本を出したことをきっかけに京大でエンタメ学が講義化するんですけど、そうやって権威は連鎖していきます。僕も2021年から経産省の研究会に入っているんですけど、「連鎖しいていく順番」があるんですよね。経団連が2023年に「クールジャパン再起動だ」と言ったら、経産省も自信をもって研究会をどんどん立ち上げ、そこに日経新聞が動いて特集を組んだら、そのあとに新聞のコア読者である商社と金融がエンタメ産業に入ってきました。
日本のコンテンツ産業が抱える10を100にできない苦しさ
――今年に入って、それこそ講談社と東映アニメーションがプリファードネットワークスに資金を入れるみたいなことが起きていて、ビジネスとしてダイナミズムを感じます。
中山 エンタメ産業を「自動車産業化」できないかというのが僕の最近のマイテーマなんです。ドラえもんという漫画が小学館にありますけど、そのアニメを3社ぐらいでつくっていて、キャラクターグッズは数百社がそれぞれでつくっていて、こうした「関わる会社」同士がどうやって自動車部品のようにすり合わせしていけるか。
具体的に言うとすり合わせってどういうイメージですか。
中山 キヤノンとかトヨタとかは、10年、20年かけて産業エコシステムを育成しているんですよね。第4次、5次ものレイヤーで町工場レベルの部品メーカーから、全世界のディーラー網まで連結して「作って、流して、売る」仕組みを完成させてますよね。でもIPというソフト領域だと、他の商流は投げっぱなしが多いんですよ。集英社が中国に出たいと言った時に、ここはバンダイナムコ、そこは東映アニメーション、と領域も地域も細かく分かれすぎてコンフリクトもありますし、海外になるとその独占1社にお任せしていたり。
なるほど。下手をすると足を引っ張り合うようなことが起きうる状況ですね。
中山 そうなんですよ。みんなゴールは共通しているんですけどね。各社でちょっとずつ利害が違うので。
それは逆に言うと、大資本が寡占していないという意味ではいいことのようにも聞こえますが、総合力を活かすことができないから、ある程度、大きい資本をどこかが中心になって持つほうがいいんですかね。
中山 日本はコンテンツの多産多死が身に染みているから、分散投資して、当たった後にみんなで頑張ろうという形なんですね。ところが、当たった後に頑張ろうというのがそのまま分散した形のままでいってしまう。
ネットワークのつくり方に問題がある。
中山 そうですね。ゼロから1をつくりだすことはできる。10ぐらいまではうまくやっていけるんですが、10を100にしていくのが苦手ですね。最近ハリウッドを使う方法論ができましたね。「スーパーマリオ」もそうですし、「ポケモン」と「ソニック」もハリウッドで映画化してからマーケットを広げるという動きが出てきました。逆にね、先ほどおっしゃっていた、新しいツールがいろんなものを生む「ゼロイチ」のあり方が今までのマスメディア時代と変わってきているし、こっちはこっちのイノベーションがあったからボカロが出てきたし、ゲームクリエイターもいっぱい出てきているので、そういう意味でもいい時代でもありますよね。