半導体から読み解く現代テクノロジー入門
第3回:なぜ半導体の“製造”は難しいのか?ナノスケールの超精密プロセス
微細化と歩留まりのジレンマ
私たちが日々手にするスマートフォン、パソコン、家電、自動車──その頭脳である半導体チップは、年々驚くべきスピードで進化しています。中でも、性能向上の原動力となってきたのが「微細化」と呼ばれる技術です。これは、チップ上に形成されるトランジスタ(スイッチ)のサイズを小さくし、より多くの回路を狭い面積に詰め込むことを意味します。
微細化が進むほど、チップはより高速で処理ができ、同時に電力消費が少なくなる。これはまさに一石二鳥の進化です。たとえば、5nmから3nmへ微細化が進むと、同じ性能の演算をより少ない電力で行えたり、同じサイズのチップに搭載できる機能が大幅に増加したりします。つまり、微細化とは「より速く、より賢く、より省エネなコンピューター」を作るための核心技術なのです。
しかし、この“進化”には、大きな“代償”が伴います。それが「歩留まりの低下」というジレンマです。
「歩留まり」とは、ある製造工程から得られる良品の割合のこと。つまり、製造されたチップのうち、使い物になる完成品がどれだけあるかという指標です。この歩留まりが低いと、当然ながらコストは跳ね上がります。100枚のウェハーから1000個のチップを作っても、そのうち200個しか使えなければ、製造効率は80%ではなく20%。1個あたりの単価は、理論上の5倍にも膨れ上がります。
そして、微細化が進めば進むほど、歩留まりは急激に悪化するのです。なぜか?理由はシンプルです。構造が小さくなればなるほど、製造時の“ズレ”や“汚染”の影響が極端に大きくなるからです。
最先端の3nmプロセスを例にとると、わずか数nm(ナノメートル=10億分の1メートル)の誤差でも、回路が正常に機能しなくなってしまいます。まるで東京スカイツリーの先端から糸を垂らし、地上の針の穴に正確に通すような制御が求められる。温度、湿度、振動、機材のわずかな誤差、さらには材料中に含まれる微量の不純物さえもが、不良の原因になり得るのです。
ある半導体製造エンジニアは、こう語ります。「昔は不良の原因を探せばすぐに見つかった。埃が混入していたとか、薬液の濃度がずれていたとか。でも今は、全ての条件が完璧でも、なぜか歩留まりが上がらない。原因が量子スケールの“揺らぎ”にあるかもしれない、という次元に入っているんです」
実際、業界内では5nmから3nmへの移行に伴い、歩留まりが20〜30%も下がるという報告もあり、各社が頭を抱えています。TSMCやSamsungといったトップファウンドリ(製造専業会社)ですら、初期の歩留まりは50%を下回るケースもあったとされ、技術力がそのまま利益率に直結する、極めて厳しい世界です。
では、各企業はこの課題にどう立ち向かっているのでしょうか?以下に挙げるのは、現在主流となっている歩留まり向上の取り組みです。
- 装置の超精密化:露光装置やエッチング装置の制御精度をさらに高め、ナノ単位での位置ズレをリアルタイムで補正
- AIによるプロセス監視:製造ラインのあらゆるセンサーデータをAIが解析し、異常の予兆を早期に検知・対応
- 材料の純度向上:シリコンウェハーやレジスト材など、材料に含まれる不純物の許容量を従来よりさらに厳しく管理
- 製造環境のさらなる徹底管理:クリーンルームの清浄度や空調制御を、1秒単位で最適化
これらの取り組みによって、ようやく安定的な量産が可能となります。しかし、それでも微細化には限界が見えてきています。今後、2nm、1.4nm──そして1nm以下のプロセスに突入すれば、トランジスタのサイズは数十個の原子レベルにまで近づきます。これは、いわば“原子の壁”との戦いです。
物理学的に、原子よりも小さなスケールで「制御された構造物」を作ることはほぼ不可能です。しかも、サイズが小さくなるにつれ、「量子トンネル効果」という現象──電子が意図しない場所に“瞬間移動”するような振る舞い──が顕著になります。これにより、トランジスタが“勝手にオン”になったり、“漏電”が発生したりするため、従来の設計が通用しなくなるのです。
この“物理限界”を突破するため、世界中の研究者たちは次なる一手として、新たな材料や構造を模索しています。たとえば、カーボンナノチューブやグラフェンといった炭素ベースの新素材は、原子レベルでも高い導電性と機械的安定性を兼ね備え、次世代トランジスタの有力候補として注目されています。また、シリコンを使わず、量子ビットによって情報を処理する“量子コンピュータ”も、もはや夢物語ではなくなってきました。
このように、微細化とは単なる技術の高度化にとどまらず、物理法則そのものと向き合う“極限のものづくり”です。最先端の3nmや2nmプロセスでは、歩留まりの低下と量産コストの増大という深刻な課題があり、シリコンベースの進化には限界が見え始めています。
それでも各国・各企業は、この限界を押し広げるべく、製造装置の精密化やAIによる品質管理、新素材の活用など、あらゆる手段で挑戦を続けています。そうした挑戦の中で、見落としてはならないのが「素材」や「装置」といった、半導体製造の“土台”を支える領域です。
ナノスケールの加工が求められる時代においては、わずかな粒子の性質、反応の速さ、機械の精度が、チップの性能を左右します。実はその“縁の下の力持ち”として、今も世界の第一線を支えているのが日本なのです。
日本の強みと弱み(素材・製造装置など)
半導体という言葉から、多くの人がまず連想するのはスマートフォンやPCに使われる「チップ」や「プロセッサ」かもしれません。実際、1980年代までの日本は、そうしたメモリや論理回路といった“完成品”の分野において、世界のトップランナーでした。NEC、日立、東芝などが「日の丸半導体」と呼ばれ、世界市場の50%以上を占めていた時代もあります。
しかし2000年代以降、製造拠点のグローバルシフトや市場構造の変化によって、日本の総合半導体企業は相次いで競争力を失い、撤退や再編を余儀なくされました。代わって台頭したのが、設計に特化した米国のファブレス企業(Qualcomm、NVIDIAなど)と、製造専業の台湾TSMCや韓国Samsungといった巨大ファウンドリです。
では日本は、もはや半導体で世界に何の影響力も持たないのか?──答えは「ノー」です。
今日の日本は、完成品こそ作らないものの、半導体製造に欠かせない“素材”と“装置”の分野で、いまなお世界を支える重要な存在であり続けています。たとえば以下のような例が挙げられます。
- フォトレジスト材料:光で回路パターンを焼き付ける際に使用される感光剤で、日本企業(東京応化工業、JSRなど)は世界シェア90%以上。
- シリコンウェハー:チップの“土台”となる素材で、SUMCOや信越化学工業などが世界のトップ供給企業。
- 製造装置:露光装置や成膜装置などを手がける東京エレクトロンは、世界3位の装置メーカーとして高い評価を得ている。
これらの素材・装置は、あまり注目されない“裏方”かもしれませんが、実際には最先端チップの歩留まりや性能を大きく左右する核心的な要素です。フォトレジストの均一性がなければ回路は綺麗に描かれず、シリコンウェハーにわずかな欠陥があればチップは機能しません。いくら設計が優れていても、実体化する材料や装置の精度が伴わなければ、製品として成立しないのです。
言い換えれば、日本は“半導体という巨大な家”を支える基礎材と建設機械の供給者であり、その品質が全体の安定性を支えているのです。
しかし一方で、日本が世界と比べて明らかに弱い領域もあります。それがファブレス(設計)とファウンドリ(製造専業)という分野です。
たとえば、AppleのiPhoneに使われるAシリーズチップは、設計を米国のAppleが、製造を台湾のTSMCが担っています。NVIDIAのGPUやQualcommのSnapdragonも同様に、設計と製造を切り分け、分業体制の中でイノベーションを加速させています。
対照的に、日本にはこの「設計と製造の分離モデル」が定着していません。かつては総合電機メーカーの一部門として半導体部門が機能していましたが、そこからファブレス型に進化することはできず、TSMCのようなファウンドリも育ちませんでした。これが、最先端プロセス開発や国際的な製造競争から日本が取り残された要因のひとつです。
こうした構造的な弱みを克服すべく、日本政府は現在、国策企業「Rapidus(ラピダス)」の支援を進めています。Rapidusは、2nm世代の先端半導体を国内で量産することを目標に掲げ、米IBMなどと提携しながら技術開発を加速しています。研究開発の一部は、北海道・千歳市に新設された拠点で進められており、2027年の試験生産を視野に入れています。
Rapidusの挑戦は、単に「国産化」を目指すものではありません。むしろ、日本が再び半導体の舞台に立つために、自国の素材・装置・人材という強みを結集し、“分断された産業”を再び統合する挑戦でもあるのです。
こうして見ると、日本の半導体産業は「終わった産業」どころか、技術の極限を支える“静かな主役”であり続けていることが分かります。クリーンルームの空気制御、原子レベルの純度を求められる材料加工、ナノ単位の描写を実現する露光技術──これらの多くに、日本の技術と職人技が関わっています。
半導体とは単なる電子部品ではありません。それは、物理・化学・機械・ソフトウェアといったあらゆる分野の最先端が凝縮された“現代文明の結晶”です。そしてその製造には、1つの国、1つの企業では到底実現できないほどの精緻な分業と連携が必要です。
この巨大なサプライチェーンの中で、日本は明らかに重要なピースであり続けています。ただしその“静かな重要性”は、あまりにも目立たないがゆえに、政策や投資の遅れにつながる危険もはらんでいます。
だからこそ、半導体を製造できる国・企業はごくわずかであり、それが世界の技術的・経済的な“覇権”にも直結しています。
そして今、この“微細なチップ”が国家の命運をも左右する地政学的存在となりつつあります。
次回は、その象徴とも言える台湾とTSMCを中心に、なぜ半導体が世界の安全保障と経済戦略の中核を担うのか、そしてその背後で繰り広げられる各国の攻防について読み解いていきます。