東京外国語大学大学院教授・中山智香子氏に聞く
第5回 世界のなかで日本のとるべき地歩

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

最終回では、編集長の桐原が示す半導体サプライチェーンの現状認識をもとに、比較優位と格差地代の観点からオルタナティブな均衡のありようが考えられた。中山氏の考えるこれからのグローバル・サプライチェーンのあり方と、そこで日本が再び存在感を示すためのビジョンとは。

中山 智香子(なかやま ちかこ)

東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。早稲田大学大学院経済学研究科理論経済学・経済史専攻博士後期課程単位取得退学。ウィーン大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(社会・経済学)。専門は思想史および経済学説、経済思想。近年は貨幣論と生態学経済の考察に注力。著書に『経済戦争の理論 大戦間期ウィーンとゲーム理論』(勁草書房)、『経済ジェノサイド フリードマンと世界経済の半世紀』(平凡社新書)、『経済学の堕落を撃つ 「自由」vs「正義」の経済思想史』(講談社現代新書)、『大人のためのお金学』(NHK出版)、『ブラック・ライヴズ・マターから学ぶ アメリカからグローバル世界へ』(共編、東京外国語大学出版会)など。

目次

日本と新興国とのパートナーシップを考える

セネガル・ヒップホップから学ぶ“文化”と経済協力

都築 正明(以下―) 先生が日本に招聘されたり書籍で紹介されたりしたクルギ(keur gui)をはじめとするセネガルのヒップ・ホップには強さを感じます。トラックにお金がかかっているわけではないのですが。

中山 そうですね、お金をかけているわけではないですし、ファッショナブルでもありません。一方、メッセージ性が強くてかっこいいのですよね。

アメリカの様式化したラップとは異なり、かつて奴隷として売られた側と見送った側、それにアメリカから送還された側のストーリーの重層性も感じます。

中山 私の隣に研究室のある真島一郎さんがセネガルに詳しくて、現地の長期滞在の後に「とんでもなく尖った奴らがいる」といって紹介してくれて、いっしょに学園祭の時期にシンポジウムやセミナーに招待することになりました。もちろんライヴもいくつか開催していただき、大きな反響を得ました。当時のかれらは「ヤナマール(もううんざりだ)」という憲法改悪に抵抗する非暴力の社会運動を率いていました。

新興国留学生が描く日・新興国の〈対等協働〉モデル

セネガルではラッパーを中心とする文化研究グループが、若者たちの就労支援をしていることからも、カルチャーの力を感じました。

中山 私の研究室にも、昨年度までセネガルからの留学生がいました。JICAから奨学金を得て来日して、博士論文を書いて帰国したのですが、かれは日本が新興国とパートナーシップを組めばよいと考え、いまは地域開発担当の国家公務員として、セネガルと日本を繋ぐ活動をしています。アフリカ諸国は旧宗主国であるヨーロッパ諸国にはよい感情を抱いていませんし、奴隷制のあったアメリカにも好感を持っていません。そう考えると、日本のような歴史的確執のない、宗教的に寛容な国とフラットに付き合うことが好ましいとのことでした。セネガルに限らず、新興国には頭のよいテクノロジーにも明るい人々はたくさんいます。途上国を助けるという視点でなく、対等に付き合うことができれば新しい産業構造が生まれる可能性があります。

日本がデジタルテクノロジーで復活するビジョン

半導体サプライチェーン再編──比較優位と格差地代

桐原永叔(IT批評編集長) 半導体をめぐるサプライチェーンは、リカードのいう比較優位のように各国に分散することで均衡が保たれているようですが、米中がイニシアチブの綱引きをするなかで、その均衡が破れようとしています。

中山 リカードに倣っていうと、比較優位に加えて、場所を伴って変化する差額地代の問題もあると思います。日本国内の例ですが、半導体の受託生産最大手のTMSCが熊本市の近郊に大規模な工場を完成させました。私が熊本大学にいた1995年から2000年ごろの熊本市は60万人都市だったのに、新幹線が開通し、政令指定都市にもなりました。TMSCはおもしろい場所に目をつけたと思います。気候が激しく火山が近くにあるとはいえ、水資源は豊かですし、クリーンエネルギーも進み電気代が安いですし、雇用を見込むこともできます。マクロでは米中に2極化しているようにみえますが、そうではない新しいダイナミズムが生まれることもありえます。

アフリカ、インド…グローバルサウスで生まれる新たな潮流

桐原 いままで比較優位でバランスがとれていたサプライチェーンが米中の2者に分かれると、各国で自国内で完結させようという動きが出てきます。いまは日本もアメリカもヨーロッパも、自国で半導体をつくることを考えています。しかし、いまのお話を伺っていると、グローバルサウスに位置づけられてきた韓国や台湾が半導体の分野で技術的にも地政学的にも重要なポジションを保持してきているように、ほかの新興国が存在感を発揮する可能性もあるように思えます。

中山 グローバルサウスという言葉が広まったことはミスリーディングでもありますが、こうした国々が欧米のテクノロジーを吸収したうえで頭角を表すようになると、国際貿易やグローバルサプライチェーンの構造を変えていく牽引力になるのだろうと思います。アフリカではトップエリートを育てて欧米に範をとる発展を目指していたのですが、その構図だけで立ちゆかなくなると、多くの国々が結集して異なる磁場が発生するかもしれません。私も昨年ダカールに行きましたが、暑いとはいえ実は温度もそれほど高くなく、うまく活かせばかなり恵まれた環境だと思いました。従来は電力不足や供給の不安定さがしばしば問題でしたがが、日光が強いですし、太陽光発電など自然エネルギーを分散型でうまく普及させれば、大きなパフォーマンスを発揮できるはずです。また地中海に接した北アフリカは、自然条件はヨーロッパとさほど変わらないでしょう。多くの国がありますから、アフリカとして一括りに語ることはできませんが、 今後の世界構造を変える1つの焦点がそこにあることは間違いありません。

日本の強みを活かす“混沌型イノベーション”戦略

新冷戦や南北問題を超えた本当のグローバルになるイメージですね。

中山 グローバルサウスということでは、いまはインドが注目を集めています。イギリスの植民地でしたから潜在力も大きいですし、半導体分野でもはっきりした政策を打ち出して流れを変えていくことでゲームチェンジャーになりました。人口も昨年以降は世界一ですし、今後も注目される存在だろうと思います。しかし人口や国土の広さという面でも、アフリカも大きな可能性を持っているといえます。そうした国々から頭角を表した人たちが、欧米の知見も吸収しつつ日本で活躍してくれるとよいですね。日本には宗教的な屈託もあまりないですし、正義が取り沙汰されて対立を生むこともありませんから。古い偏見にとらわれない人びと、世代に期待したいですね。

これまで欠点とされてきた、日本という国の如才のなさや無反省なところが生きるかもしれないですね。

中山 アメリカや中国のような一国完結主義はもはや日本では成立し難い状況ですが、テクノロジーは得意ですから、いっそビッグ・テックに絡め取られるような戦略をとってもよいとも思います。さまざまな国のさまざまなものを受け入れつつ学んで、混沌としたなかから新しいものが誕生してイニシアチブを発揮する――消極的なビジョンのようですが、おそらくそこに希望があるように思います。<了>