文化的接木と連想の果て
第2回 生成AIが刻んだ時代の転換点
この5年のあいだに社会は大きな転換点を迎えた。コロナ禍をきっかけにDXやリモートワークが一気に広まり、印鑑社会ですら電子署名へと移行した。そして2022年、ChatGPT-3.5の登場によって状況は劇的に変わった。仕事も生活も、さらには思考や表現のあり方まで巻き込みながら、AIは静かに、しかし確実に私たちの身近な現実へと浸透してきた。
目次
コロナ禍で加速したDX
刊行した書籍のタイトルにあるように、「IT批評」が曲がりなりにも世間に居場所をつくれ、わたし自身のこの記事も続けられたのは、この5年のあいだに大きな、ある意味、劇的な変化が起きたためとも言える。それは時代を画するものだとわたしは考えている。
そうだ。この5年のなかで生成AI時代が始まったのだ。
5年前はコロナ禍の真っ盛りで、それまでは遅々として進まなかった業務のDX、IT化が加速する契機を迎えていた。リモートワークを余儀なくされたビジネスパーソンたちは、WEB会議のシステムを整備し、WEB上で業務管理するシステムを導入した。あの頃、ひときわ耳にしたのが、「他の業務はいいけど、契約書面の印鑑だけはWEBにできない」という、わたしたちが浸かっていた印鑑社会の現実だった。しかし、それもまた電子署名をクラウドで提供するITサービスが一気に広がり定着した。最近、わたしはデスクの鍵付きの引き出しにある印鑑をついぞ触っていない。
とはいえ、この時期はまだまだAIというものはそれほど社会に浸透していなかった。現在の状況を鑑みれば、あのときはまだAIは身近なものではなかったのがわかるだろう。
わたし自身はそれ以前からAIベンチャーに籍を置く身であり、開店休業中であったとはいえ「IT批評」というメディアをやってもいたし、デミス・ハサビス率いるディープマインド社のアルファ碁が、韓国のイ・セドルに勝利した2016年以降、あるいはもっと前、2012年の画像認識コンテスト「ILSVRC」(the ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge)において、ジェフリー・ヒントンが率いたトロント大学がディープラーニング技術──AlexNet(畳み込みニューラルネットワーク:CNN)──を採用して2位以下を圧倒的に引き離して優勝したときから、長い冬の時代が明けて第3次AIブームは始まっており、それは世間にとっても同じような感触だったと思いこんでいた。
ちょっとAIブームについて触れておくと、第1次と言われるのは、ジョン・マッカーシーらによって開催された1956年のダートマス会議において、「人工知能(Artificial Intelligence:AI)」という用語が使われたのが始まりとされる。会議ではチューリングマシンや計算理論など、すでに亡くなっていたアラン・チューリングの理論などを議論し、AIを「計算として実現できる知性」として定義した。「推論・探索」の機能をめぐって研究は進んだが、当時のコンピュータの計算能力には限界があった。
第1次AIブームは長くは続かなかった。1970年代に入り、「トイ・プロブレム」と呼ばれる簡単なパズルや迷路のような問題を解くことしかできないAIに、とても人間の知能の再現など不可能だという期待外れ感が蔓延したのだ。1回目の冬の訪れである。
ムーアの法則と言われるように、半導体の性能が指数関数的に向上するようになった1980年代に入りAIは再びブームを迎える。第2次AIブームだ。特定分野の問題を専門家のように推論し判断できるエキスパートシステムが登場し、先進諸国が国を挙げて研究開発に取り組んだ。日本でも「第五世代コンピュータ」という国家プロジェクトもあった。しかし、ここでもまたコンピュータの性能──半導体の計算力──というハードウェアの限界にぶつかる。専門的な知識(データ)を大量にコンピュータに処理させることができなかったためだ。そのためAIが処理できたのは限られた範囲での専門知識に止まり、複雑な問題には歯が立たなかった。
2022年11月から現在まで続く暑い日々
そうして、第2次AIブームは終焉し、次の冬になる。しかし、この時代で重要なのは、#50「AI、情報科学、そして『ユートピア』への緩慢な歩み? ノーベル賞とテクノロジーの経済を巡る省察」でも述べておいたように、その後のディープラーニングの基礎理論となるニューラルネットワーク理論や深層畳み込みニューラル・ネットワーク(CNN)の原型である「ネオコグニトロン」が日本の研究者によって研究され成果を出していたことは特記しておきたい。
第3次AIブームは先に見たように、2012年の「ILSVRC」をきっかけにし2016年のアルファ碁を決定打にして始まった。ヒントンのディープラーニングが花開き導いたブームであった。ここで界隈の人たちはかなり盛り上がっていたと記憶している。東大の松尾豊先生の『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(角川EPUB選書)がベストセラーになったのもこの頃であったし、刊行後のセミナーでも先生は興奮気味にAIの時代が始まるというふうに言われていた。
しかし、今にして思えばこのときは、あるいはこのときまでは本当の意味でのAIブームはまだ一度も起きていなかったかもしれない。それは、2022年11月、GPT-3.5が登場以降、社会の深層にまで浸透しいくAIを目の当たりにしている現在、それまでのブームはまだコップの中の嵐だったのかもしれないと思えるくらいだ。
界隈では、2020年5月のGPT-3登場もそれなりに驚きを持って伝えられたように記憶している。しかし、現在のように、すべての分野、領域でAIが話題にされる時代に比するべくもない。今ではほとんどすべての人が、AIに対し何らかの関心──脅威も含める──を抱くようになっている。これこそブームと呼べる現象を露わにしている。そのためか、現在を第3次AIブームから冬を挟まずに第4次AIブームが訪れたとする言説もある。まるで、春も眺める間も梅雨を実感する間もなく猛暑がつづく現在の気象状況のようだ。AIは2022年11月以降、ずっと暑い。生成AIのために──。
松尾 豊 (著)
KADOKAWA/中経出版
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