私たちはいかなる進化の途上にいるのか――心・意識・自由意志をめぐる問い
第5回 ヒューマニズムか、それとも信仰か
ヒューマニズムか、信仰か
レイ・カーツワイルは幼少期にユニテリアン・ユニヴァーサリズムという特定の教義を持たない宗教のもとで、半年ごとに異なる宗教教義を学ぶという特異な宗教教育を受けており、自身はそこで宗教的多様性を身につけたと称している。
『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』(井上健監訳/NHK出版)においては「伝統的な宗教の主な役割は、死を賛美する考えを正当化するところにある。すなわち、死の悲惨さを、よいことであるかのごとく正当化するのだ」とした後に、死を超克したシンギュラリティ以降は、人生はより有意義なものとなるとしている。
また彼は同書で、トランス・ヒューマニズム・ドクトリンを起草したマックス・モアによるニーチェの解釈として、人間性の目標は「人間的価値によって方向づけられる科学技術を通して達成される」超越であると記している。
その後に記されているビル・ゲイツ――ピンカーの熱心な愛読者でもある――との対談において、シンギュラリティ以降の信仰として、新しい宗教を求めているとする。その宗教は2つの原理からなり、1つは伝統的な宗教から取り入れた人間の意識への敬意、もう1つは現世的な学問と科学の原理であるという。
カーツワイルは、意識とは1人称の主観的経験と同義であるとしたうえで、3人称の客観的経験によって科学的に観察することはできないとする。しかしシンギュラリティ以降は、非生物に意識をアップロードできるので、他者の主観的経験を3人称で観察することができるのだという。そこには魂があり、意識があるという意味でのスピリチュアリティが存在するのだという。
論理的には不格好であることを認めつつも、他者への責任のための自由意志が存在するという両立論を主張したダニエル・デネットと、非合理性に満ちた人という種が、本性の欠陥にもかかわらず他者によい行いをすることで道徳を進歩させてきたことを記したスティーブン・ピンカー。ともにダーウィンの自然選択説を強く支持するとともに、無神論者であるという共通点を持つ。
両者が目指す信仰なきヒューマニズムと、カーツワイルが言祝ぐトランス・ヒューマンの信仰――人類が選ぶのは、そして選ばれるのはどちらだろう。(了)
ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき
レイ・カーツワイル, 井上 健, 小野木 明恵, 野中香方子 (著)
NHK出版
ISBN:978-4140811672
