選択と相対 ヒュームと因果推論
第3回「なぜ?」を問う因果推論の重要性

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著者 桐原 永叔
IT批評編集長

相関関係で眺められた世界

『因果推論の科学』がわたしにとって重要な示唆をもったのはもうひとつある。ここ数回の記事で論じてきたことに通底する大きな時代背景が浮かびあがってくるのだ。
パールは、従来の統計学では因果関係を推定できないという。それどころか、統計学者あるいはそのデータを基にする少なくない科学者が、この世に確たる因果関係はなく相関関係しかないと考えている。

統計学では、確率論とグラフ理論を組み合わせたモデルである「ベイジアンネットワーク」が代表的だが、ベイジアンネットワークには先に見た介入の考え方がない。データを任意に操作して因果関係を検証できないのだ。もうひとつの統計学の代表的な手法「ランダム化比較試験(RCT)」はデータを任意に操作する介入を行えるのだが、RCTが実施できるのはかなり制約された条件下のみとなる。大規模なデータを収集するためのコストや人体実験じみた操作が必要になったりするため、経済的にも倫理的にも許されない場合が多々ある。

パールは、序章で統計学の大家の名を挙げてこう断言する。

実のところ、近代統計学は、ゴルトンとピアソンが遺伝に関する因果的な問いに答えようとしなかったことから生まれたものである。二人はその問いに、何世代にも及ぶ人々について集めたデータを使って答えようとした。残念ながら、二人はその試みに失敗したが、そこで立ち止まってなぜ失敗したのかを考えることはせず、代わりにこの問いを「扱ってはならぬもの」としてしまった。そして、因果関係を除外した統計学を生み出し、それが現在にいたるまで繁栄を続けているわけだ。

『因果推論の科学』

ともにイギリス人のフランシス・ゴルトンとカール・ピアソンは、統計学の先駆者といわれる科学者で19世紀から20世紀にかけて活躍した。ゴルトンは「相関」や「平均への回帰」といった概念を発見し統計学を創始し、ピアソンがそれを厳密に数式化──数学の言葉に翻訳──した功績で名高い。ゴルトンは、遺伝をめぐってあの悪しき優生学を生み出してもいる。これが「遺伝に関する因果的な問い」と述べられている部分だ。

因果関係を除外し相関関係のみを問う統計学の誕生は、近代化によって情報収集、データ集積が加速的に進化した時代のなかで、量子力学の確率論的世界観とも相まって「ラプラスの悪魔」に象徴されるような決定論を圧倒的に後方に退けてしまった。

こうした世界に対する姿勢はポストモダンのような相対主義とも通じている。わたしがうけとった重要な示唆とはそれだ。

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