マスメディアは何に負けたのか?インテリジェンス・トラップとメリトクラシーの地獄
第3回 自分都合に事実を解釈する賢い愚か者

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著者 桐原 永叔
IT批評編集長

IQ神話の危うさと滑稽さ

能力といえば端的にIQを指すことも珍しくない。IQが高ければ能力が高いという考えは根強くある。トランプは前回の選挙戦でみずからのIQの高さをいい、それをもって能力の高さを誇示した。

しかし、IQなるものがどこまで信用に足るものなのか。メリトクラシーに問題点だけなく、良い部分があるとしても、その能力測定の基礎にIQをおくのは不審を感じさせる。

ジャーナリストのデビット・ロブソンは『インテリジェンス・トラップ なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか』(土方奈美訳/日経BP)で、その危うさ、滑稽さを指摘している。現在のIQテストの基礎となったスタンフォード・ビネー知能検査を開発したルイス・ターマンの行った長期にわたる調査からも、高IQの子供たちが決して能力に恵まれ豊かな人生を歩んだと言えない点を論じていく。

IQテストの問題でまず目につくところは、それが合理的な推論の能力に重点を置きすぎており、実務的知能や創造的知能を等閑視してしまっていることだ。

現在の社会への影響が色濃く残っているとして、ロブソンはこう述べる。

たとえばアメリカで、大学入試に使われる「大学進学適正試験(SAT)」は、ターマンの1920年代の研究に直接的影響を受けている。質問のスタイルは当時と変わったかもしれないが、そこで測られるのは、事実を記憶する、抽象的ルールに従う、豊富な語彙を身につける、パターンを見抜くといった能力であり、これを姿を変えたIQテストと見る心理学者もいる。

『インテリジェンス・トラップ なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか』

The Intelligence Trap なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか

デビッド・ロブソン (著)

土方奈美 (翻訳)

日本経済新聞出版

ISBN:978-4532323400

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知識人たちの「精神勝利法」

現在の日本でもあらゆるかたちで適正テストや能力試験があり、それらの基礎にあるのはターマンの知能への見識なのである。

ところが奇妙なことに、こうしたテストや試験で能力に保証を得た人びとに限って、恐ろしいほどの偏見に絡まり、ありえない誤謬に陥り、あまつさえそれを誇示して他の人に押し付けて恥じるところがない。

ロブソンは多くの事例を示す。シャーロック・ホームズの生みの親であるアーサー・コナン・ドイルが心霊術や超常現象を信じきっており、その作品で十二分に発揮された科学的合理性を駆使して自己の正当化を進める。あるいは、自然科学のノーベル賞学者がトンデモ論を論じていたり、ノーベル経済学賞学者がハニートラップにひっかかっているにもかかわらず、その女性に恋焦がれ続けていたり、賢い愚か者の例は世界中に枚挙にいとまがない。

ロブソンはこうした愚挙を知識人たちの(自分の価値観にそった見方に固執する戦術となる)マイサイド・バイアスが原因になっていると論じる。

実務的知能や創造的知能に欠け、「動機づけられた推論」によって自分都合に事実を解釈し、合理性を見誤る「合理性障害」が、知識人たちの目を曇らせ、心を頑なにしている。この傾向は専門知識をもつことによってさらに強固になり、無意識に刷り込まれる「専門知識の逆襲」によって、バイアスの影響を受けやすくしてしまう。そのせいでリスクに盲目となり大惨事さえ招く。

その最新の例はもしかすると、今回のふたつの選挙で敗戦した側の勝利を予想していた知識人、セレブたちの見苦しいコメントに現れているかもしれない。

大衆が陰謀論に騙されていると指摘し、洗脳されていると憂いてみせる。その現実離れした論理こそ、なにか裏に別の意図があるのではと思わせるほど拙いものだ。現実を受け入れることができないので、自分の“正義”を疑うことがない。かえって、相手の問題にすり替える。その様子は、魯迅の小説『阿Q正伝』(増田渉訳/角川文庫)の主人公・阿Qの「精神勝利法」のようでさえある。プライドを慰める以外には役に立たない弁説をふるいつづけているようにみえるからだ。

ロブソンは「知能は真実追求ではなく、プロパガンダ(主義主張の宣伝)のツール」だというが、まさにそれこそ、高い見識を誇っていたはずの知識人、セレブたちがやっていることにほかならない。ただ、そのプロパガンダは今回、古い“被害者”を新しい“加害者”に見せるだけの効果を発揮したようだ。

阿Q正伝

魯迅 (著)

増田 渉 (翻訳)

角川文庫

ISBN:978-4041068533

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