読売新聞とNTTの共同提言についてクロサカタツヤ氏に聞く
(1)生成AIが加速する戦時下的状況としての現代

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

なぜ読売新聞とNTTは生成AIについての議論を始めたのか

桐原永叔(以下、桐原) まずはじめに、なぜこの組み合わせなのかと思った方も多いと思います。慶應大学も含めて三者ですけれど、なんでこの三者なのかについてお聞かせください。

クロサカタツヤ(以下、クロサカ) 読売新聞社はもともと生成AIに対して課題意識を有していました。ただ、メディア企業として著作権侵害の問題提起が先行したこともあり、ビジネス目線なのではないかと捉えられがちです。もちろんそれを否定するものではないですが、本検討の課題意識はそのレベルではないんですね。この提言をあまり深読みせず、そのまま字義通りに読んでいただきたいのですが、生成AIは本当に自由と民主主義に対する挑戦だと考えている。これを座視しているとわれわれの社会は崩壊してしまうというぐらいの強い危機意識を持っています。

桐原 社会思想の変化までをふくんだ経緯があったということですね。

クロサカ 日本が近代以降確立してきた価値観の基礎となっているのは西洋哲学ですよね。これはカント由来の哲学であると言ってもいい。自律的な自我を確立することが重要であって、他律ではないのだということです。その状態にこそ最高の人間の尊厳がある。これをわが国は法律や法体系に生かしているわけです。つまり、明治以降つくられている法律──もちろん途中で戦争に負けて大きくリライトされていますけれど──の根底にある基本的な価値観、人間をどういう風に考えるのかという思想は変わっておらず、ある意味で借り物なわけですけれども、カント由来の価値観をわれわれ日本人は規範としているはずであると。このカントの言うところの尊厳ある状態を達成する前提や環境を、生成AIが崩壊させかねないという問題意識です。

桐原 人々の投票行動に直接的に介入しうる危惧が言われたりします。そういった政治的な実行力を持ちうるという問題意識でしょうか。

クロサカ その通りです。そんなの心配しすぎだという声もあるかもしれませんが、すでにその前哨戦は進展しています。たとえば「メイド・フォー・アドバタイジング(Made for Advertising)があります。金を稼ぐために生成AIにデタラメなコンテンツをじゃんじゃん吐き出させて、バッとつくってページビューを稼いでバッといなくなる。こういうものが普通に跋扈している状況であり、一方で人間の側はそれをすべての人が正しく識別して「いやこれは嘘だよね」と笑ってスルーできる状態ではありません。これはまさしく新聞社、とりわけ読売新聞社という日本でいちばん発行部数が多くページビューを多く稼いでいる新聞社であるが故に、そのブランドを使ったフィッシング詐欺が日々発声しているということからもわかります。

桐原 読売新聞にかぎらず大手メディア、大手企業、著名人を騙った偽サイトやなりすまし広告は珍しいことではなくなってしまいましたね。

クロサカ ものすごい勢いで増えています。読売新聞に限らず、社会的に信用されているブランドを毀損し、そのブランドを騙ることによって金を稼いでいる連中がいて、読者・消費者も被害に遭っている。ネット空間のトラストがもともと脆弱なところに、生成AIという強烈な武器が出てきてしまったことによって、われわれの自由や民主主義があっという間に破棄されてしまうんじゃないのかと。これを、生成AIの技術そのものの向上による規制をただちに期待することは残念ながらできない状況です。いずれこういう課題意識を共有し生成AIは適正化されていくかもしれませんが、そう言っているあいだに社会が壊れたら元も子もない。そういう強い問題意識を持っていました。

桐原 NTTが提言のパートナーになっているのはどういった経緯だったんですか。

クロサカ いま申し上げたような目線で議論ができる企業を探しはじめて、誰がいちばん適任なんだろうというと、日本のデータエコシステムの潜在的な守護者であって、情報通信に対して責任を負っている企業ということで、自然とNTTの名前が挙がりました。NTT自身も生成AIを開発していて、ちょうど世の中に出すタイミングが近づいていて、倫理面でどのように対処すべきかを当然考えなければいけなかった。実際、NTTは読売新聞との取り組みの前に京都大学・出口康夫教授と一緒に京都哲学研究所をつくって検討に入っていました。もともと、生成AIやデータエコシステムと人間のあり方について強い関心を持っていた状態です。

桐原 それぞれが議論する相手、問題意識を共有できる相手を探していたわけですね。

クロサカ 両者がある意味ちょうどいいタイミングで出会うことができて、共鳴したというのがこの検討の始まりです。で、言ってしまえば、慶應はその仲人役でした。

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