AIのアルゴリズム・バイアスを糺すのはだれか
情報技術進化の過程で女性たちが示してきたもの

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テキスト 都築 正明
IT批評編集部

「人類の偉大な一歩」を進めたテクノロジー

UNIVACに携わり、世界ではじめてのコンパイラA-0 Systemを開発、同じく世界初の高級言語FLOW-MATICを発表したのちに、先述のホルバートンともにCOBOLを開発したグレース・ホッパーは、女性はプログラミングに向いているのだと発言している。すべての手順を考えて必要なものを揃えていくといった忍耐力や細かなことに対処できる能力は、夕食の献立を考えるのと同じく、女性に向いているのだという。

アポロ計画においても女性プログラマが顕著な活躍をみせた。数学の学士を取得後MITでプログラマーとして勤務していたマーガレット・ハミルトンはすでに結婚していたが、夫がハーバードのロースクールにいる3年間は彼をサポートし、その後自分の修士号取得を目指すつもりだった。しかし1961年にジョン・F・ケネディがアポロ計画を打ち出し、彼女の所属するラボが参画することになったことで、彼女はラボに残ることになる。当初は技術要件のどこにも「ソフトウェア」の文字が書かれておらず、ソフトウェア開発の予定も予算も組み込まれていなかった。しかし計画が進行していくなかでソフトウェアの重要性が認識され、1968年には400人以上がソフトウェア開発に携わるようになる。アポロ宇宙船の軌道計算は、コードをパンチカードに穴をあけてバッチ処理してメインフレームに処理させることで行われた。コードが定まると、熟練の女性たちがそれにしたがって銅線をリング型の磁石に巻き付けていった。

ハミルトンは週末や夜に、当時4歳の娘ローレンを連れてラボに行き、オフィスに寝かしつけたあとでプログラムを書いた。ワーキング・マザーだった彼女は「娘を放置する変わり者」といわれていたが、ラボのメンバーとの友情は彼女をそんな陰口から救ってくれたという。ラボ内のキーボードをおもちゃにしていたローレンはある日、意図せず「P01」というプログラムを起動し、システムをクラッシュさせてしまう。ラボ内のことなので事なきを得たが、このエピソードから、ハミルトンは万が一宇宙飛行士が飛行中に「P01」を起動させてしまったときにそのコマンドを無効にするプログラムを書いた。しかしこれはNASAに却下されることとなる。「完璧に訓練された宇宙飛行士が間違えることなど、ありえない」というのがその理由である。ハミルトンの正しさはのちに証明されることとなる。アポロ8号の乗組員が「01」番目の星を入力しようとして、誤って「P01」を起動してしまったのだ。緊急招集されたハミルトンたちは数時間かけて対応策を協議し、ヒューストンから宇宙船へと新しいナビゲーションデータをアップロードし、乗組員は無事に生還することができた。

アポロ11号のフライトに用いられたコンピュータは、ほぼ同型の2台。1台は月着陸船イーグル号に、もう1台は宇宙飛行士を運ぶ司令船に搭載された。現在ジェット機と同様に、シミュレーションに基づいて自動操縦するシステムを持つ最初のコンピュータであるとともに、重さ30kgといえど初のポータブル・コンピュータだった。

1969年7月20日、月面に向け降下していたアポロ11号はシステムが緊急事態を告げるアラートコード「1202」を発した。データのオーバーフローにより、コンピュータが過重な計算タスクを課されていたのだ。これを放置すると緊急待避プログラムが作動し、宇宙船は月軌道に戻る。月面着陸の失敗を意味する事態に動揺する宇宙飛行士に対し、ハミルトンたちは冷静だった。搭載されているコンピュータは、メモリオーバーの場合には非同期処理システムにより最も優先度の高いタスクに集中するようプログラムされていたからだ。これはアポロ11号の――そして娘ローレンの――「P01」への対応からの教訓から、万が一のバグが発生した場合に備えてハミルトンが組み込んでいたものだ。かくしてアームストロング船長は“静かの海”に降り立ち「人類の偉大な一歩」を踏み出した――ハミルトンたちのシミュレーションに先導されて。

これを機に「ソフトウェア工学」という言葉が一般化し、ハミルトンは自身の会社を興す。2016年にはオバマ大統領より大統領自由勲章を受勲、2019年にはワシントン賞を受賞するほか、2018年にカタルーニャ工科大学から名誉博士号、2019年にバード大学より名誉博士号を得ている。ハミルトンはアポロ計画のころを述懐して言う。「あのころ人々がソフトウェアの重要性に気づいていたら、女性である私がその任務に就くことはなかったでしょう」と。

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