存在論的不安がもたらす終末論とノスタルジー
シティ・ポップ・ブームから考える成熟後の近代
リバタリアンの希求する技術的特異点
リバタリアニズムとは、個人的自由と経済的自由の最大化を是とする政治思想である。アメリカのリバタリアン党を創設したデイヴィッド・ノーランは経済的自由をX軸に、個人的自由をY軸に置いた“ノーラン・チャート”において、第1象限(経済的自由:高 個人的自由:高)をリバタリアン、第2象限(経済的自由:低 個人的自由:高)をリベラル、第3象限(経済的自由:低 個人的自由:低)を権威主義、第4象限(経済的自由:高 個人的自由:低)を保守として位置づけた。
国民国家に干渉されずに自己利益を拡大する――リバタリアンのバイブルとされるアイン・ランドの小説『肩をすくめるアトラス』は、没落するアメリカを捨てたリバタリアンがコロラドに新世界を創造する思考実験の寓話だ。成功したビジネスエリートが国家の徴税や規制を逃れようとするのは珍しくないように思えるが、リバタリアンに顕著な特徴は、ビジネスよりコンセプトが先行していることだ。トランプ政権時代に「影の大統領」ともいわれたピーター・ティールは電子決済システムPayPalの創業者と知られているが、スタンフォード大学の学部時代は哲学を学び、1980年代後半に西洋文化中心への反省から他民族主義や多文化主義に舵を切りはじめた大学に対して攻撃的な運動をしかけ、保守系学生新聞「スタンフォード・レビュー」を創刊したりもする。また、師事していたルネ・ジラールの「個人の欲望は他者の欲望を模倣する」という論を受け、無意味な競争に巻き込まれず超越的なものを目指さすべきだ、という後のビジネス観にも接続するリバタニアリズムを涵養する。ティールはその後同大学のロースクールに進学したのちに法曹関係の職に就くが「仕事に超越的な価値を見いだせない」との理由で、いくつかの事務所や企業を短期で退職している。いくつかの事業に失敗したのちに1996年に友人とともにコンフィニティ社を創業、翌1999年に同社がPayPalを立ち上げたことからキャリアを好転させる。PayPalの拡大のために買収した金融サービス会社X.comを率いていたのがイーロン・マスクであり、かれは一時期CEOを努めた。2002年にIPOを果たしたPayPalはeBayに買収されるが、ティールは株式の売却益を用いてデータマイニング会社Palantirを設立、同社はアメリカCIA(Central Intelligence Agency:中央情報局)やNSA(National Security Agency:国家安全保障局)、(DIADefense Intelligence Agency:国防情報局)などと協業するほか、AI分野でGoogleやMicrosoftとの協業を発表している。またPayPalのOBや当時の知己を中心に振興ITサービスに旺盛な出資を行うことでも知られており、Facebook、YouTube、LinkedIn、Spotify、Quoraなどはティールの初期投資により誕生している。AI分野では技術的特異点の急進派としても知られ、OpenAIやDeepMindにも多額の支援を行っている。
手広い経済活動と相乗するように、ティールの右派リバタリアンとしての発言力も増している。論考「リバタリアンと教育」では「自由と民主主義は両立しない」とまで言い、アメリカ同時多発テロ事件ののちに参考人として出席した連邦議会では「プライバシーを選ぶか、安全保障を選ぶか」と迫る。2016年の米大統領選で巨額の献金とともにドナルド・トランプを支持し、政策顧問として「影の大統領」の異名をとったことも記憶に新しい。2023年には共和党を支持しないことを明言したが、これも現在の共和党が、イノベーションや他国との経済競争よりも、人工妊娠中絶やセクシャル・マイノリティの権利拡大へのバックラッシュを優先していることへの不満からだとみられている。