京都学派×戦前ポストモダン思想を再検証
近代の超克とは何か
機械文明に対する「浅薄きわまりない」拒否
瀬川昌久少年は多くの同窓生とは違い日本浪漫派を冷ややかに見ながら、京都学派にシンパシーを抱いた。そして同じように日本海軍にもシンパシーを抱く。なぜなら日本海軍には英国式のダンスパーティの伝統があったからと『ジャズで踊って』で述べられるが、蓮實重彦との対談集『アメリカを遠く離れて』(河出書房新社)では、学習院の中等科時代の院長にノムハルノートで有名になる野村吉三郎ら海軍出身者いたために憧れがあったとも語っている。『アメリカを遠く離れて』で、蓮實はマルクス主義の哲学者の廣松渉の『〈近代の超克〉論 昭和思想史への一視覚』(講談社学術文庫)によって京都学派の思想を認識したと言う。瀬川も蓮實の批判的な様子を受けてか、『ジャズで踊って』の付録ほどのシンパシーは示していない。
対談にあたって『中央公論』の「世界史的立場と日本」を読み直したという蓮實は〈近代の超克〉、日本浪漫派に欠けていたのはアメリカニズムではないかと語る。アメリカニズム、それは端的には機械文明であり、ジャズレコードや映画といった複製技術時代の芸術(ベンヤミン)である。蓮實は機械文明に対する「浅薄きわまりない」拒否に、近代というものを捉えそこねた戦前の知識人の問題を見ている。それは、当時すでにアメリカに匹敵しうる文化として成熟する萌のあった日本の大衆娯楽文化への不見識に対する憤りとしても言明される。
1924年生まれの瀬川に対し、1936年生まれの蓮實というちょうど干支ひとまわり違う世代である。多感な思春期を過ごしたのはかたや戦中、かたや戦後という違いがある。ともにアメリカニズムに深い理解があるふたりとはいえ、戦前知識人に対してここまでの隔絶があるのは興味深い。それだけこの短い期間で日本の知識人たちは大きな思想的な転回を起こしたということの証左でもあるだろう。
京都学派と海軍については2000年代以降、再評価の流れにある。それは大橋良介の仕事によるところが大きい。大橋は京大、ドイツのミュンヘン大学で学んだ哲学者だ。京都学派の思想、京都学派に大きな影響を与えたハイデガーの研究者でもある。
西田幾多郎を中心とした京都学派のメンバーが海軍と秘密裏に連携して、戦争回避、国策是正に動いていたことは、この連携をとりもった大島康正のメモを発見した大橋の『京都学派と日本海軍 新史料「大島メモ」をめぐって』(PHP新書)で詳細に語られる。西田幾多郎らは、京都帝国大学時代に西田とも交流した近衛文麿の内閣が挫折した後、成立した東條英機内閣を打破することによって戦争阻止を画策していたという。もちろん、これだけをもって同書の帯コピーのように「戦争協力の汚名を濯ぐ」わけにはいかないと思うが、京都学派のメンバーの知られざる思いを垣間見ることができる。
京都学派の思想については、同じく大橋良介が編んだ、その名も『京都学派の思想──種々の像と思想のポテンシャル』(人文書院)で概観できる。ニーチェのようなニヒリズムに陥るのではなく、西田が提唱し京都学派の鍵概念となっていた「無」の哲学で、ヨーロッパがぶつかり停滞していた近代を乗り越えられると主張した。
瀬川昌久、蓮實重彦 (著)
河出書房新社
ISBN:978-4-309-29110-9
廣松 渉 (著)
講談社
ISBN:978-4061589001
大橋良介 (著)
PHP新書
ISBN:978-4-569-61944-6
大橋良介 (著)
人文書院
ISBN:9784409040638



