ジャーナリスト・服部桂氏に聞く
(3)地球全体を外側から眺めるという知的な革命

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聞き手 都築正明(IT批評編集部)
桐原永叔(IT批評編集長)

テクノロジーは人間をエンパワーするのか、救済するのか

桐原 藤井聡太さんを代表とする、現在のプロ棋士たちはAIによって能力を引き出されているという言いかたもできると思います。そう考えると人間も自分たちの限界を未だ理解できていないような気がします。

服部 たとえば情報時代には、イーロン・マスクという企業を率いる一個人が、安全保障をめぐってロシアのプーチン大統領と戦っているというような、従来の近代国家では考えられなかったような状況が起きています。そこで近代のパラダイムではなく、もう1つ上の次元で考えるために人間とAIとが相補的な関係になることには意味があると思います。AIの素晴らしさを喧伝することは人間の能力の乏しさを示すことになりますが、AIの限界を知り、AIと人間が協同することで人間や機械が単独ではできなかった、次のステージを探ることが可能になるのです。

桐原 一方で、カーツワイルやユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』のように、AIによって神に近づこうとする考え方もあります。彼らはともにバックグラウンドにユダヤ教があって唯一神的な発想が強いように感じます。一方、東洋思想の影響を強く受けたヒッピー文化では汎神教的な考えかたを強く持っていて対照をなしているように考えています。

服部 そこに決着をつけようとすると神学論争になって、場合によっては殺し合いになってしまいます。スチュアート・ブランドは「ホールアース・カタログ」創刊号に「われわれは神のようになったのだから、それを上手くこなした方がいい(WE ARE AS GODS AND MIGHT AS WELL GET GOOD AT IT)」というマニフェストを掲げていますが、これは人間の全能感を焚き付けるものではありません。のちに彼は著書『地球の論点』(仙名紀訳/英治出版)で「われわれは神になったのだから、それを上手くこなさなくてはならない(WE ARE AS GODS AND HAVE TO GET GOOD AT IT)」とも言っています。人間は、産業革命から現代のコンピュータの時代までに、かつてないほどのことができるようになっています。それは前近代の人たちにとっては神のようなことかもしれません。しかし、彼の言おうとしているのは、それに奢らず自分たちの力にふさわしいふるまいをするべきだということだと思います。

一部のエリート・テクノロジストは、自分がAIと融合して神性を獲得することを目標にしているようですが。

服部 自分を神だと思い上がってしまうと、イカロスのように墜落してしまいます。それに、サイボーグ化したからといって、人間としての課題に解決をもたらせるとも思えません。実際に、いまは人間の活動が地球にカタストロフをもたらしかねない状況ですから。

ポスト近代といわれる現在でも、戦争や紛争は絶えません。

服部 グローバル化が進んで市場が飽和してくると、一方が得をすれば他方が損をするというゼロサムゲームになっていきます。宇宙から地球を眺める視点からは、国境というものが所与のものではないことを意識せざるを得ません。隣国が邪魔だからミサイルを撃ったり紛争をしかけたりというのも、あくまで地上での平面的な発想ですよね。私たちは地球が丸いことを頭で知っていても、それを実際に眺めたことはありませんし、地球人という言葉を知っていても、それをまだ感覚的に自覚することはありません。「ホールアース・カタログ」が示したのは、私たちの発想のドメインを変えることだと思います。

それは、時間軸としても長期的に考えることになるのでしょうか。

服部 世界大戦という概念も、20世紀という時代の産物です。広域での経済活動が行われるようになって、多くの国が戦争に巻き込まれるようになり起きた大規模な戦いは、最初はどうなるかもわからないわけで第1次とは呼ばれずグレート・ウォーと呼ばれていました。残念な事にその流れは止まることなく、同じような大戦がまた起きて第2次と呼ばれるようになりました。私は、現実は2.8次世界大戦の状態にあると考えています。世界中がインターネットで相互接続している世界では、大戦は切れ切れに起きるのではなく、ネットの中で日々個人間から国家間まで数限りなく起き、それがある日臨界点に達して、進化における断続平衡のように、一気に世界中を巻き込む第3次大戦が起きる前夜のような気がします。かつてはエネルギーと物質が世界を支配する時代でしたが、いまは情報と生命の時代です。そう考えると、旧来の視点を踏襲するのではなく、人間がこれまでどのように戦争をしてきたかというところまで視野を広げなければ解決を探ることができません。

これまでのルールでゲームを考えるのではなく、ゲームのルールやゲームボードそのものを問う想像力が必要になるわけですね。

服部 そのためには、時間的にも空間的にも広いスパンで、新しい次元でものを考えなければなりません。時間に関しては、スチュアート・ブランドは「Long Now」というプロジェクトの代表として「1万年時計」というものをつくっています。1万年と言えば、4大文明の期間より長いスパンです。これは今日の「より早く/より簡単に」というモードに対抗する「よりゆっくり/よりよく」というスチュアート・ブランドの「ロング・ターム・シンキング」のシンボルとなっています。1年に1回針をすすめ、100年おきにベルが鳴るもので、試作品はすでに1999年12月31日より稼働しています。現在はネバダ州のイーリー(Ely)近辺での建造を目標にしています。また、いずれの時計にも再生可能エネルギーを用いています。

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