情報戦略は私たちを誘引する
戦争と政治における心理

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テキスト 都築 正明
IT批評編集部

第2次世界大戦でエニグマ暗号機により作成された暗号をアラン・チューリングが解読したエピソードをはじめ、計算機科学や心理戦は政治や戦争に大きな役割を果たしてきた。火力兵器は遠方の敵を攻撃するよう発展してきたものの、サイバー戦略や心理戦は、より近くの人々にも射程を合わせるようになってきている。

目次

良心を超える軍事技術

米国陸軍中佐を経て心理学・軍事社会学および軍事学を研究するデーヴ・グロスマンは『戦争における「人殺し」の心理学』(デーヴ・グロスマン 著 , 安原 和見 翻訳 ちくま学芸文庫) において、ギリシア・ローマ時代からアフガン紛争に至るまでの戦争について詳細なデータ検証を行い、人はもとより殺人について強い心理的忌避感を抱いていることを結論づけた。データから導き出されたのは、20世紀中盤までの戦争で、人が人に銃口を向ける確率は、多くても15%〜20%に留まってきたということだ。いかに大義を背負った軍隊といえども、戦場において80%以上は空砲が撃たれてきたということになる。第2次世界大戦中、アメリカ陸軍公認の歴史家であったS.L.A.マーシャルは交戦直後の兵士へのグループヒヤリングを通じてもこれを明らかにした。

のちに彼の調査手法やその結果に疑義も呈されたが、実際にこの結果をもとに、それ以降の軍事訓練が兵士への心理操作に移行したことは看過できない。朝鮮戦争では発砲率は55%、ベトナム戦争では90%〜95%へと遷移する。これを可能にした方法は大きく2つある。1つはそれまでも行われてきた脱感作、つまり殺人を観念化して感覚を麻痺させることである。相手を非人称化すること――ここに記すのは憚られるような民族への侮蔑語の数々は、おしなべて同質のものといってよい。もう1つは条件づけ。動物行動学者パブロフの発見した生理的反応にもとづく古典的条件づけと、スキナーにより無関係な事象を関連づけて学習するオペラント条件づけの双方を用いることで、考える隙もなく身体が反応するよう仕向けることができる。敵に見立てた的が現れるやいなや銃爪を引くことを通じて、実践でも同じ動作が繰り返されるようにするわけだ。ここから看取できるのは、認知を欺く対象が、敵ではなく自国の兵士へと移行していることだ。この訓練は、暴力の対象でなく、暴力をふるう主体の心理へと向けられる。

戦争における「人殺し」の心理学
デーヴ・グロスマン 著 , 安原 和見 翻訳
ちくま学芸文庫
ISBN:4-480-08859-8


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